日本国憲法76条1項に基づき設けられた司法の最高機関。東京都に置かれる(裁判所法6条)。
最高裁判所は,1947年5月3日に日本国憲法および裁判所法が施行されるとともに,それまでの大審院に代わるものとして発足した。大審院は,1875年に設置され,86年制定の裁判所官制のもとで一般の裁判に対する上告を審理する裁判所となったが,89年に発布された大日本帝国憲法および翌年施行された裁判所構成法のもと,司法権の独立を基礎とし司法作用の最高権限者としての性格をもつに至った。ただし,大審院は,次の諸点について最高裁判所と異なるところがみられる。すなわち,まず,司法権の行使が〈天皇ノ名ニ於テ〉行われ(大日本帝国憲法57条1項),また,大審院の設置・権限・裁判官についてはすべて裁判所構成法により定められ(1条,43条以下),大審院以下の裁判所が司法大臣の監督に服するものとされ,さらに,司法行政が司法大臣の所管とされたことなどである。
日本国憲法においては,すでに指摘したように,憲法自身が最高裁判所の設置を命じ,また,その権限や裁判官に関する基本的な事柄についても憲法が定めている(日本国憲法76条1項,77条,79~81条)。とくに,立法権や行政権との関係で司法権独立の原則は強く保たれ,その原則を維持するために最高裁判所の果たす役割は大きなものとなっているし,とりわけ,違憲立法審査制度のもとで最高裁判所が憲法の番人としての役割を担っていることは,かつての大審院とは全く異なるところである。最高裁判所の示す憲法判断は,国の政治や国民生活に多大の影響を与えるためきわめて重要であるが,憲法問題を含まない場合でも,民事・刑事・行政の諸事件に対する裁判を通じて示される法判断は,国の法秩序を決定づけ,種々の法的紛争を解決する基本となるもので,その意義は大きい。また,最高裁判所は,後述するように,大審院には認められていなかった規則制定権や種々の司法行政権を有し,立法権・行政権との関係のみならず司法部内においても強い統制権,監督権を行使できる地位にある。
諸外国の例と比較してみると,日本の最高裁判所と最もよく似ているのは,アメリカ合衆国の連邦裁判所組織の頂点にある合衆国最高裁判所Supreme Court of the United Statesである。それが判例をとおして示す事件の処理方法や法理論は,日本においてよく研究,紹介され,ときには日本の裁判所の判決にその影響がみられる。ドイツ連邦共和国においては,民事・刑事事件,行政事件,労働事件,社会事件,租税事件を管轄する五つの系列の裁判所があり,それぞれに最高裁判所がおかれている(Bundesgerichtshof,Bundesverwaltungsgericht,Bundesarbeitsgericht,Bundessozialgericht,Bundesfinanzhof)。ただし,これらは違憲立法審査権をもたず,その権限を行使するのは,別に設置される連邦憲法裁判所Bundesverfassungsgerichtである。ほかにイギリスの貴族院House of Lords,フランスの破毀院Cour de cassationが司法の最高機関として,日本の最高裁判所に相当するといえるが,その性格や機能の面で異なる点も多くみられる。
最高裁判所は,15名の裁判官により構成され,その長たる裁判官を最高裁判所長官,他の14名の裁判官を最高裁判所判事という。長官は内閣の指名により天皇が任命し,その他の判事は内閣が任命し天皇が認証する(日本国憲法6条2項,79条1項)。最高裁判所裁判官に任命されるためには,識見の高い,法律の素養のある年齢40歳以上の者であること,少なくとも10名については下級裁判所の裁判官,検察官,弁護士,法律学の教授・助教授といった法律専門職の経験を一定期間以上経ていることが要件とされている(裁判所法41条)。この資格要件は,下級裁判所の裁判官の場合と比べ広いものとなっているが,それは,最高裁判所が憲法の番人としての役割をもち,憲法判断においては,職業的裁判官以外の者の見解をも反映させることが適当であると考えられたからである。
最高裁判所の発足時より,裁判官出身者,弁護士出身者,学識経験者(検察官を含む)がそれぞれ5名ずつ選任されるという原則がとられたが,今日では裁判官出身者の数が多くなる傾向をみせている。定年は70歳であるが,その任命後初めて行われる衆議院議員の総選挙の際に国民の審査を受け,その後も10年ごとに審査を受ける(日本国憲法79条2~4項)。この国民審査制度は,公務員に対する国民による解職制度(リコール)を最高裁判所の裁判官の場合にも取り入れたものとみることができ,今まで一人もこれにより罷免されたことはなく,諸外国の例をみても特異なこの制度の存在について疑問をもつ者があるが,最高裁判所に対する民主的コントロールの意義を認める立場の者も多い。
裁判所は,具体的な争い・事件が生じているとき,法を適用してそれを解決することをその任務とする。最高裁判所についてもそれに変りはない。具体的な事件がないのに法令の解釈や法令の合憲性判断をすることはない。したがって,最高裁判所の裁判権について基本的には下級裁判所の裁判権と性格が異なるわけではない。しかし,裁判所組織構造の最高位におかれていることから,裁判所間における法律的判断や判例の統一といった役割を担い,原則として下級裁判所のように事実審理を行うことはなく,法律審としての機能を果たす。裁判所法において,最高裁判所の裁判権は,上告,訴訟法においてとくに定める抗告,裁判所法以外の法律においてとくに定めた場合に及ぶと定められている(裁判所法7,8条)。これらのうち上告に対する裁判権の行使が最高裁判所の活動の中心を占めるが,上告とは,三審制をとる訴訟法の構成において,原則として高等裁判所の判決に対する上訴のことをさす。ただし,第一審判決について控訴しないでする跳躍上告や高等裁判所の上告審判決に対する特別上告などがある。
最高裁判所にもたらされた事件のすべてが15人の裁判官全員による審理や裁判を受けるわけではない。事件の性質に応じて能率よく処理するために,最高裁判所は,全員の裁判官で構成される大法廷(定足数9人)とそれぞれ5人の裁判官で構成される三つの小法廷(定足数3人)とに分けられ(裁判所法9条,最高裁判所裁判事務処理規則1,2,7条),事件は,原則として,まず小法廷で審理され,必要とされるとき大法廷で審理,裁判されることとなっている。ただし,次の場合は必ず大法廷で裁判しなければならない。すなわち,(1)当事者の主張に基づいて,法律,命令,規則または処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき(小法廷の意見が,過去の大法廷において,合憲と判断したのと同じであるときは除く),(2)それ以外の場合で,法律,命令,規則または処分が憲法に適合しないと認めるとき,(3)憲法その他の法令の解釈適用について,意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき(つまり,判例変更をするとき)である(裁判所法10条)。その他の手続については,最高裁判所が規則で定めている(最高裁判所裁判事務処理規則9,10条参照)。なお,裁判書には各裁判官の意見を表示することとなっており(裁判所法11条),どの裁判官が少数意見なのかを知ることができる。これは,下級裁判所による裁判にはみられないことであり,国民審査の際の重要な資料を提供することになる。もっとも,合衆国最高裁判所の場合のように,過半数を得た法廷意見をだれが書いたのかを明らかにするようにはなっていない。
最高裁判所は,訴訟に関する手続,弁護士,裁判所の内部規律および司法事務処理に関する事項について規則を制定する権限をもっている(日本国憲法77条1項)。このような裁判所の規則制定権は,英米法系の諸国においてみられるもので,日本国憲法はそれを導入し,国会が唯一の立法機関であるとする原則に例外を設けた。この制度を導入した根拠は,まず,三権分立の原理に求めることができよう。すなわち,司法の独立性や自主性を確保するために司法権の最高位にある最高裁判所をして司法部内の統制や監督にあたらせ,それを実効化するため規則制定権を与えたのである。しかし,それだけでは十分な根拠とはいえない。憲法は,規則制定事項について法律が定めることを禁じていないと理解され,そのことを考慮に入れると,裁判に関する事項については専門的で技術的な要素が生ずることもあるため,裁判の実際によく通じている裁判所自身に自主的に,また,必要に応じて流動的に立法させることが適当だと考え,司法部内の最高権限者である最高裁判所にその権限を与えたという根拠も認められる。この権限に基づき制定された最高裁判所規則として,すでに挙げた最高裁判所裁判事務処理規則のほか,民事訴訟規則,刑事訴訟規則,下級裁判所事務処理規則,司法研修所規則,〈地方裁判所における審理に判事補の参与を認める規則〉,〈法廷等の秩序維持に関する規則〉など多数ある。
最高裁判所は,上記の規則制定権に現れているように司法行政上の最高の機関であり,憲法により下級裁判所の裁判官に任命されるべき者を指名する権限を与えられ(日本国憲法80条1項),最高裁判所の職員,全国の下級裁判所およびその職員を監督し(裁判所法80条1項),下級裁判所の裁判官の補職およびその他の職員の任免等に関する権限を行う(47,64,65条)。また,裁判所の経費について予算作成上の権限も行使する(83条,財政法17~20条)。なお,司法行政権を行使するために裁判官会議が設けられる(裁判所法12条)。
裁判官その他の裁判所職員の研修,養成のために司法研修所(裁判所法14条),裁判所書記官研修所(14条の2),家庭裁判所調査官研修所(14条の3),最高裁判所図書館(14条の4)が最高裁判所に付属機関としておかれる。
→違憲立法審査制度 →司法権の独立
執筆者:戸松 秀典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
司法権を担当する国家の最高機関をいう。最高裁と略称される。下級裁判所と異なり、日本国憲法により直接に設置を認められ(憲法76条)、形式的には、明治憲法時代の大審院に対応するが、はるかに高い地位と広い権限が与えられている。最高裁は東京都に置かれている(裁判所法6条)。
[池田政章]
最高裁判所長官と14名の最高裁判事により構成され、70歳で定年退職する。長官は内閣の指名に基づき天皇が任命し、各裁判官は内閣が任命する。任命について内閣の専断を防止するため、任命後初めて行われる総選挙の際に、国民審査に付される。最高裁の審理や裁判は、大法廷または小法廷で行われる。大法廷で行われる裁判は、違憲問題の判断と、最高裁の判例変更のほか、小法廷の裁判官の意見が二つに分かれ、その数が同数の場合などである。
[池田政章]
唯一の終審裁判所として、上告および特別抗告について裁判権を有するほか、司法権の最高機関として、違憲立法審査権(法令審査権)、規則制定権、下級裁判所裁判官の指名権、司法行政についての監督権、を有する。
違憲立法審査権は、具体的な訴訟を通じて、最終的に法律、命令、規則、処分の憲法適合性を審査し、憲法を守り、ひいては基本的人権の保障を図る「憲法の番人」としての役割を果たすものである。
さらに、憲法によって、単に終審裁判所たる地位のほか、司法権および運営に関する統制権的権限が与えられている。すなわち、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律および司法事務処理に関する事項について規則を定める権能(憲法77条)で、規則制定権とよばれる。また、下級裁判所裁判官の指名権が与えられ、その任命は最高裁の作成する名簿により内閣が行う(憲法80条1項)ことが定められており、司法権の独立の確保が図られている。このほか、最高裁には、裁判官以外の裁判所職員の任免(裁判所法64条)、裁判所の経費についての予算作成上の権限(同法83条)、および司法行政の監督権(同法80条)などが認められている。これらの権限は、司法権そのものではなく、司法行政権に属するが、司法権の独立の保障に役だっている。
[池田政章]
付属機関としては、裁判官などの研究・修養・養成のために置かれた司法研修所、裁判所職員総合研修所のほか、国会図書館の支部図書館としての最高裁判所図書館がある。
[池田政章]
司法権を担当する国家の最高機関の例を諸外国でみると、イギリスでは最高裁判所Supreme Court、アメリカでは合衆国最高裁判所Supreme Court of the U. S.、フランスでは破毀院(はきいん)Cour de cassationがこれにあたる。イギリスではこれまで中世的制度の名残(なごり)として貴族院House of Lordsが司法の最高機関とされ、法律貴族Law Lordがその任にあたっていたが、2005年の憲法改革法によって最高裁判所が2009年10月に誕生した。また、ドイツの最高裁判所は五つの専門別に分かれ、通常裁判所たる連邦裁判所Bundesgerichtshofのほか、連邦行政裁判所Bundesverwaltungsgericht、連邦財政裁判所Bundesfinanzhof、連邦労働裁判所Bundesarbeitsgericht、連邦社会裁判所Bundessozialgerichtがそれである。
[池田政章]
『樋口陽一・栗城寿夫著『憲法と裁判』(1988・法律文化社)』
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「アメリカ合衆国連邦最高裁判所」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
1947年(昭和22)5月3日に発足した現行司法制度の最高機関。司法行政権・違憲立法審査権・行政裁判上告管轄権を保持する点で,第2次大戦前の裁判所構成法下の大審院とくらべて格段に強力な権限をもつが,違憲立法審査権適用には消極性が,事務総局による司法行政の運営には硬直性がめだつ。長官は内閣の指名にもとづき天皇が任命し,最高裁判所判事は認証官であり,事後の国民審査が衆議院議員選挙と同時に行われる。15人の判事の出身は裁判官・検察官および行政官(学識経験者を含む)・弁護士にほぼ三分されている。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…国家の最高法規である憲法が国家機関によって侵害されるのを防ぐために設けられる憲法保障の制度の一つであり,違憲立法審査権(法令審査権)を裁判所に与えることにより,裁判所を憲法の番人たらしめる。日本国憲法は,その81条で,〈最高裁判所は,一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である〉と定め,この制度の存在を明らかにしている。明治憲法にはそのような定めがなく,裁判所は,法令についての形式的審査権をもつが,法令の内容の不備について審査する実質的審査権をもたないと理解されていた。…
…それに応じて各国とも上位・下位の関係で何種類かの裁判所を設けている。日本では,最上位が最高裁判所,その下に高等裁判所,その下に同格分担の関係で地方裁判所と家庭裁判所があり,地方裁判所の下に簡易裁判所がある。地方裁判所と簡易裁判所は一面また分担の関係にあるともいえる。…
…日本国憲法によって最高裁判所が設けられる以前の,最上級裁判所。大日本帝国憲法は,司法権の範囲を民事と刑事に限定していたので,大審院は民事および刑事事件の終審裁判所であり,行政権に属する行政事件の管轄権を持たなかった(行政裁判)。…
※「最高裁判所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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