チェレプニン(英語表記)Cherepnin, Aleksandr Nikolaevich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チェレプニン
Cherepnin, Aleksandr Nikolaevich

[生]1899.1.21. ペテルブルグ
[没]1977.9.30. パリ
ロシア生れのピアニスト,作曲家。作曲家ニコライ・チェレプニンの子。ペテルブルグとパリの音楽院で作曲とピアノを学ぶ。 1934~35年来日。ピアニストとして,自作をはじめ日本の現代ピアノ曲の紹介に努めた。「チェレプニン賞」を制定して日本の作曲の振興に尽力,これには伊福部昭松平頼則が入賞した。第2次世界大戦中はパリで過し,49年に渡米,シカゴのデ・ポール大学講師となる。作品は,ピアノ曲をはじめオペラ,交響曲,合唱曲,歌曲など多数。

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百科事典マイペディアの解説

チェレプニン

ロシア生れの作曲家,ピアノ奏者。ロシア国民楽派の流れを引く高名な作曲家N.N.チェレプニン〔1873-1945〕を父としてペテルブルグに生まれ,父とリャードフらに作曲を学ぶ。少年時代にピアノ奏者としてデビュー後,1921年父とともにパリに亡命。以後パリを本拠にピアノ奏者として世界各地で活動し,1934年−1936年には何度か来日,〈チェレプニン〉賞を設けて管弦楽曲を募集し,受賞者の伊福部昭をはじめ,清瀬保二〔1900-1981〕,松平頼則早坂文雄らのピアノ曲を海外で紹介するなど,日本の作曲界に強い刺激を与えた。1949年シカゴに移住し,のち米国籍を取得。作曲家としてはロシアとフランスの諸様式の影響を受け,後年は東洋の音階も用いた。ピアノ曲のほか,オペラ,バレエ音楽,室内楽曲などがある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

チェレプニン Cherepnin, Aleksandr Nikolaevich

1899-1977 ロシアのピアニスト,作曲家。
1899年1月21日生まれ。1921年パリに亡命。各地へ演奏旅行をし,昭和9年来日。10年チェレプニン賞をもうけて日本人作曲家の管弦楽作品を募集,第1席に伊福部昭の「日本狂詩曲」をえらぶ。また日本人作曲家の楽譜を出版するなど,ヨーロッパへの紹介につとめた。1977年9月29日パリで死去。78歳。サンクト-ペテルブルグ出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

チェレプニン【Aleksandr Nikolaevich Cherepnin】

1899‐1977
ロシア・ソ連邦の作曲家。父ニコライNikolai Nikolaevich C.(1873‐1945)も国民楽派的作風で知られた作曲家で,ペテルブルグ音楽院教授を務めた。アレクサンドルはペテルブルグで音楽を学んでいたが,1921年父とともにパリに亡命し同地で勉強を続け,最初はピアニストとしてデビューした。ピアノ協奏曲やオペラ,バレエなど多くの作品があり,東洋の音階を用いた作品や実験的な作品もある。日本に1935年前後に数度訪れ,〈チェレプニン賞〉を設けて管弦楽作品を募集して(伊福部昭が受賞),日本の作曲界に刺激を与えた。

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