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デルブリュック デルブリュックDelbrück, Berthold

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デルブリュック
デルブリュック
Delbrück, Berthold

[生]1842.7.26. リューゲン島プットブス
[没]1922.1.3. イェナ
ドイツの言語学者。 1870~1912年イェナ大学教授。インド=ヨーロッパ語族比較研究に従事し,青年文法学派の一員として,特にそれまで未開拓であった統辞論の研究を進め,この分野に大きな業績を残した。

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デルブリュック
デルブリュック
Delbrück, Hans Gottlieb Leopold

[生]1848.11.11. ベルゲン
[没]1929.7.14. ベルリン
ドイツの軍事史家,政治家。 1885年ベルリン大学教授。また 83年からトライチュケに協力し『プロシア年報』 Preussische Jahrbücherを刊行,89~1919年その編集責任者をつとめ,一方プロシア下院 (1882~85) ,帝国議会 (84~90) の議員としても活躍。

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デルブリュック
デルブリュック
Delbrück, Max

[生]1906.9.4. ベルリン
[没]1981.3.9. パサディナ
ドイツ生れのアメリカ物理学者分子生物学者。ゲッティンゲン大学を卒業し,1930年学位取得。初め原子核理論などを専攻していたが,ベルリンのカイザー・ウィルヘルム化学研究所へ入って (1932) ,遺伝現象に関心をもつ。

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デルブリュック
デルブリュック
Delbrück, Rudolf von

[生]1817.4.16. ベルリン
[没]1903.2.1. ベルリン
ドイツ,プロシアの政治家。 1848年商務省に入り,関税同盟の強化,拡大に努力,51年ハノーバーオルデンブルクなどを関税同盟に参加させた。ビスマルクの支持を得て自由貿易政策を推進。 67年北ドイツ連邦官房長官。

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百科事典マイペディアの解説

デルブリュック

ドイツ生れの米国の物理学者,分子生物学者。ゲッティンゲン大学で実験物理学を学び,のちボーアの影響で生命現象に興味をもつ。1937年渡米,1940年代の初めにルリアらとファージグループをつくり,1947年以降カリフォルニア大学生物学教授。

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世界大百科事典 第2版の解説

デルブリュック【Berthold Delbrück】

1842‐1922
ドイツの言語学者。イェーナ大学教授。K.ブルクマンとともにライプチヒ大学を中心とする青年文法学派の一員として活躍した。その研究はサンスクリットを主とした統語論の領域に終始し,1886年より刊行されたブルクマンとの共著《印欧語比較文法Grundriss der vergleichenden Grammatik der indogermanischen Sprachen》(5巻)の後半部のほか,《古代インド語統語論》《統語論研究》《古代インド語の動詞》などを著した。

デルブリュック【Max Delbrück】

1906‐81
ドイツ生れ,アメリカの分子生物学者。1930年ゲッティンゲン大学で学位を得る。N.ボーア門下の物理学者であったが,ボーアの影響で生物学に転じ,35年ティモフェエフ・レソフスキーN.V.Timoféev‐Ressovskyらとともに遺伝子物理的性質について論文を書き,遺伝・増殖の解明こそ生物学の課題であると確信する。37年渡米し,エリスE.Ellisとファージの一段増殖実験法を確立する。40年代の初め,ルリアS.E.Luria,ハーシーA.D.Hersheyらと出会い,ファージグループをつくり,ファージの定量的研究法の確立,自然突然変異の証明(1943),ファージの組換え発見(1945)など,細菌とファージの分子遺伝学の基礎を築いた。

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大辞林 第三版の解説

デルブリュック【Delbrück】

〔Berthold D.〕 (1842~1922) ドイツの言語学者。比較言語学の精密化に貢献。主著「印欧語比較文法」「印欧語研究入門」
〔Max D.〕 (1906~1981) ドイツ生まれのアメリカの分子生物学者。ルリアらとともにバクテリオファージの遺伝学的研究を組織的に進め、分子生物学の進展に寄与。バクテリオファージの遺伝的組み換えの発見後は神経生理学の研究に転じた。

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世界大百科事典内のデルブリュックの言及

【生物物理学】より

…ちなみに日本でも小谷正雄,湯川秀樹らの物理学者が日本生物物理学会の創設(1960)に努力した。1940年代以降理論物理学者M.デルブリュックに率いられて,分子遺伝学が急速に進歩し,いっぽう核酸・タンパク質などの生体高分子の構造解析の方法が発達した。53年J.D.ワトソンとF.H.C.クリックによるDNAの相補的二重らせん構造の発見,60年のペルツM.Perutzによるタンパク質として初めてのヘモグロビンの立体構造の決定がその代表的成果である。…

【分子生物学】より

…しかし,彼らの研究結果は疑う余地のないものであったにもかかわらず,他研究者の興味と承認を得るにいたらなかった。M.デルブリュックを総帥とする,アメリカのファージ(細菌ウイルス)・グループの一員であるハーシーA.D.Hersheyが,ファージ感染・増殖の本体がDNAであることを1952年に示したころから,実質的な分子生物学的研究が盛んに行われるようになった。デルブリュック,ルリアS.E.Luriaに代表される細菌やファージの自己増殖を研究する分子遺伝学グループ,一遺伝子一酵素説を提唱したビードルG.W.Beadle,テータムE.L.Tatumによる代謝の制御を研究する遺伝生化学的研究の開始,そしてイギリスのケンブリッジにおける,ブラッグW.L.Bragg,ペルーツM.F.Perutz,ケンドルーJ.C.Kendrewなどの学派によるX線結晶解析によるタンパク質分子の構造解析が,当時の分子生物学のすべてといってよい。…

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