コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

トライチュケ トライチュケ Treitschke, Heinrich von

6件 の用語解説(トライチュケの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トライチュケ
トライチュケ
Treitschke, Heinrich von

[生]1834.9.15. ドレスデン
[没]1896.4.28. ベルリン
ドイツの歴史家。 1858年ライプチヒ大学講師となったが,プロシアの権力政治を支持して辞任,63年フライブルク大学教授,次いでキール大学 (1866) ,ハイデルベルク大学 (67) の教授を歴任後,L.ランケ退官のあとをうけてベルリン大学教授 (74) となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

トライチュケ(Heinrich von Treitschke)

[1834~1896]ドイツの歴史家・政治評論家プロイセンを中心とするドイツ統一を主張。排他的な権力国家思想を鼓吹した。著「一九世紀ドイツ史」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

トライチュケ

ドイツの歴史家,政治評論家。ランケの弟子。ハイデルベルク,ベルリン大学等の教授。小ドイツ主義を奉じてビスマルクを支持し,帝国議会議員として国民自由党に所属,排外的愛国主義を唱えた。
→関連項目箕作元八

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

トライチュケ【Heinrich von Treitschke】

1834‐96
ドイツの歴史家。政治的情熱をもちながらも,聴覚障害のため政治行動に適さず,学問に向かう。フライブルク(1863),キール(1866),ハイデルベルク(1867)の各大学を経て,1874年ベルリン大学歴史学教授。その間,1866‐89年《プロイセン年報》の編集者,71‐84年帝国議会議員,86年ランケの死後プロイセン国修史官となる。プロイセン主導の小ドイツ主義を代表する政治史家である。主著に,《19世紀ドイツ史》5巻(1879‐94)がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

トライチュケ【Heinrich von Treitschke】

1834~1896) ドイツの歴史家。プロイセン中心の排他的な権力国家思想を唱え、反マルクス主義・反ユダヤ主義を強調した。主著「一九世紀ドイツ史」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トライチュケ
とらいちゅけ
Heinrich von Treitschke
(1834―1896)

ドイツの歴史家、政治評論家。ボン大学ライプツィヒ大学で学び、1863年若くしてフライブルク大学教授になる。多くの評論でプロイセンを中心とするドイツ国民国家建設の必要を説いていたが、1866年プロイセン・オーストリア戦争が始まるとベルリンに移り、ビスマルクに協力。以後キール大学、ハイデルベルク大学を経て、1874年からベルリン大学教授に就任。同時に帝国議会議員(1871~1884、初め国民自由党、のちには無党派)としても活動、その国家主義的傾向の強い講義や政治評論は当時の言論界に大きな影響を及ぼし、ドイツ歴史学の保守的潮流を代表した。主著に『19世紀ドイツ史』(5巻、1879~1894、未完)がある。[木谷 勤]
『ハンス・ウルリヒ・ヴェーラー編、ドイツ現代史研究会訳『ドイツの歴史家』第2巻(1983・未来社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

トライチュケの関連キーワードグーチゲルビヌスドロイゼン西ドイツランケランプレヒト歴史家統一ドイツ夜を待ちながら政治的情実主義

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone