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ドラクロワ Eugène Delacroix

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドラクロワ
どらくろわ
Eugne Delacroix
(1798―1863)

フランスの画家。4月26日、パリ近郊のシャラントン・サン・モーリスに生まれる。戸籍上の父シャルルはフランス革命後に外務大臣を歴任するなど政府の要職にあった人物だが、本当の父親は政治家タレーランだとする説が有力視されている。幼くして父を失ったのちパリに移り、リセ・アンペリアルで古典的な教育を受けた。1815年、母方の叔父で画家のアンリ・リーズネールの勧めで美術学校の教師ゲランのアトリエに入り、翌年美術学校に入学する。しかし師のアカデミックな考えには共感を覚えず、ルーブル美術館で模写したルーベンスやベネチア派から多くを学ぶとともに、年長の友人ジェリコーらが絵画にもたらしたロマン主義の新たな息吹に鋭く感応した。22年、サロンへのデビューを飾った『ダンテの小舟』は悪評を買う一方、アドルフ・ティエールの熱狂的な賞賛を得て国家買上げとなり、彼の名は一躍有名になった。24年のサロンにはギリシア独立戦争という同時代の事件に取材した『キオス島の虐殺』を出品。一方、同年のサロンに『ルイ13世の誓い』を出して新古典主義者たちから歓呼をもって迎えられたアングルに対し、ドラクロワは、自らの意志とはかかわりなく、革新的なロマン主義絵画の領袖(りょうしゅう)とみなされるようになった。以来、古典主義的伝統の擁護者で素描家のアングル対ロマン主義の反逆者で色彩画家ドラクロワという対立図式が一般化する。翌25年、数か月間イギリスに滞在、イギリス美術の知識をさらに深め、とりわけコンスタブルやボニントンの輝かしい光の表現と自在な描法から影響を受けた。またシェークスピア劇の上演を観て感激し、その主題は以後さまざまな形で彼の作品に現れることになる。27年のサロンにはバイロンの詩劇が構想の出発点ともなった『サルダナパロス王の死』を、31年のサロンには前年の7月革命をたたえる記念碑『民衆を導く自由の女神』をそれぞれ出品して、自己の個性をはっきりと打ち出した。
 1832年、偶然の機縁からモルネー伯爵の外交使節団に随行してモロッコを旅行。強い光の下での鮮やかな色彩効果に、色彩画家としての自己の天分をいっそう強く自覚するとともに、人々の生活ぶりに古代ギリシア・ローマ人にも匹敵する威厳をみいだし、いまに息づく古代の姿に感銘を受けた。このモロッコの思い出から、『アルジェの女たち』(1834)や『モロッコのユダヤ人の婚礼』(1841)などが生まれるが、そこでは初期のロマン主義的熱狂は、静謐(せいひつ)でバランスのとれた構図に道を譲っている。しかし補色の効果による豊麗な色彩の表現は、官能を伴う東方の夢幻世界をつくりだしている。これらと並行して、内務大臣になったアドルフ・チエールの計らいもあって、政府から建築物装飾の依頼を受け、偉大な伝統の担い手との自覚をもって大画面の制作に積極的に乗り出すことになる。ブルボン宮の王の間(1833~38)および図書室(1838~47)、リュクサンブール宮図書室(1840~46)の装飾がそれであり、色彩画家としての力量を発揮しつつ、全体的な統一感を達成する。晩年にもルーブル宮アポロンの間の天井画(1850~51)やパリ市庁舎の平和の間の装飾(1852~54。1871焼失)、サン・シュルピス教会聖天使礼拝堂の壁画(1853~61)に取り組み、古典や宗教の主題に対する深い理解を示した。55年のパリ万国博覧会ではアングルと並んで特別に一室が提供され、この巨匠の画業を回顧し、その偉大さを再確認する機会ともなった。しかし念願のアカデミー入りは37年来しばしば落選の憂き目をみ、57年にようやく会員になった。
 ドラクロワは、歴史や神話、宗教や文学などの主題をよくし、ルネサンス的伝統の最後に位置する大画家であるとともに、その色彩や補色関係の研究、筆跡の残るスケッチ状のタッチの効果的使用は、印象主義や新印象主義、さらにはフォービスムにまでその影を落としている。1822年から書き続けられた『日記』はそれ自体文学の書であり、芸術論もまた19世紀文化に貢献するものがあった。63年8月13日、パリ、フュルスタンベール街のアトリエで没。[大森達次]
『中井愛訳『ドラクロワの日記』(1970・二見書房) ▽高階秀爾他訳『ボードレール全集(美術批評・ウージェーヌ・ドラクロワの作品と生涯)』(1964・人文書院) ▽M・セリュラス著、高畠正明訳『ドラクロワ』(1973・美術出版社) ▽R・ユイグ著、阿部良雄解説『世界美術全集14 ドラクロワ』(1977・小学館)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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