ニュー・ジャーマン・シネマ(英語表記)New German Cinema; Neuer Deutscher Film

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ニュー・ジャーマン・シネマ
New German Cinema; Neuer Deutscher Film

1960年代後半から 70年代にかけて興隆したドイツ映画の新しい動き。 62年2月,若い監督たちがいわゆる「オーバーハウゼン宣言」を発表,旧来の映画に死を宣告し,因襲的・商業主義的な既存の映画制度に束縛されない,新しいドイツ映画を創造していく決意表明を行なった。これが運動の始まりで,65年には,その中心的人物で理論的指導者でもあった A.クルーゲによって,政府の援助する「若いドイツ映画管理委員会」の設置が実現。これを契機に,非商業的な映画に対する公的援助システムが確立した。これらの変化を背景に,まず U.シャモニの『キツネの禁猟期』 (1966年) ,F.シュレーンドルフの『テルレスの青春』 (66年) ,J. =M.ストローブの『宥せるものか』 (65年) ,クルーゲの『昨日からの別れ』 (66年) などの先鋭的な作品が口火を切って登場。これらが名門映画祭で次々に賞を獲得したことで,にわかに新しいドイツ映画の動きが注目された。この成功によって国内に映画関係の学校が2校設立されるという現象も起き,およそ 67年から 75年にかけて最盛期を迎えた。このとき頭角を現してきたのが,『小人の饗宴』 (70年) の W.ヘルツォーク,『自由の代償』 (74年) の R. W.ファスビンダー (82年死去) ,『まわり道』 (75年) の W.ベンダースらで,その後,彼らは現代ドイツ映画を代表する監督になり,国外にも大きな影響を及ぼした。

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