出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
イラン北東部、ホラサーン州の都市。マシュハドの西137キロメートル、ビナールード山脈の南麓(なんろく)、標高1193メートルに位置する。人口15万8847(1996)、26万4375(2016センサス)。3世紀中ごろにササン朝のシャープール1世が建設、5世紀にはホラサーンの州都となり、11世紀にはセルジューク朝下でニザーミーヤ学院がつくられるなど、東イランの学問、政治、文化、宗教の中心地として栄えた。1208年に大地震に襲われ、1221年にはモンゴル軍に完全に破壊され、その後は往時の繁栄を回復できなかった。有名な詩人ウマル・アル・ハイヤーミーとアッタールの生地で、墓は郊外にある。トルコ石の産地として有名。
[岡﨑正孝]
…イラン北東部,ホラーサーン州の都市。ペルシア語でネイシャーブールNeyshābūr。人口5万9101(1976)。…
※「ネイシャーブール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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