イタリアの哲学者。パドバ生まれ。主著に『マルクスを超えるマルクス』(1979)、『野生のアノマリー』(1981)、『構成的権力』(1992)、『帝国』(1999)などがある。青年時代から労働運動に参加。1960年代には非共産党系左派の理論的潮流である労働者主義(オペライスモ)の構築に関与する。イタリアでは、1968年の学生反乱、1969年の大規模な大衆反乱「熱い夏」に続き、アウトノミア運動とよばれる、既成の左派の影響を拒絶し独自の指導部ももたない多様なスタイルと主張をもった無数のグループによる運動が展開していた。自由ラジオ、住宅占拠(スクウォット)、自発的値引きなど大衆の自発的な新しい戦術や発想が繰り広げられるなか、ネグリは1969年に創設したばかりの組織「労働者の権力(ポテーレ・オペライオ)」も解散し、労働者の利害や権力を党が代表し組織するといったレーニン主義的な革命のビジョンそのものを放棄する。その過程でアウトノミア運動の理論的指導者の一人と目されるようになる。1978年アウトノミア運動とは一線を画する左翼集団「赤い旅団」によるモーロ首相誘拐事件が起き、それをきっかけにアウトノミア運動へも激しい弾圧が行われるなか、ネグリも逮捕される。1983年にフランスに亡命、以後14年にわたりパリ第八大学などで研究・教育活動に携わりつつ、フランスの緑の党の設立にかかわるなどの活動も行う。1997年にイタリアに帰国。ローマ郊外のレビッビア監獄に収監されたが2003年には拘留も解かれた。
ネグリは現代を代表するマルクス主義哲学者であり、その影響力はむしろ冷戦後にイタリアを超えて世界に拡大している。とりわけその名声を決定的なものにしたのは1999年に公刊されたアメリカの哲学者ハートMichael Hardt(1960― )との共著『帝国』であった。グローバリゼーションのもとで構築されつつある新しい世界秩序を、単一の中心をもたないグローバルな統治体制としての帝国と位置づけた同書は、「21世紀の共産党宣言」ともよばれ、「帝国主義から帝国へ」という刺激的なテーゼをアカデミズムを超えて流通させた。ネグリの出発点である労働者主義は、既成の枠を超える労働運動のあり方に共鳴しながら、共産党に代表される正統派マルクス主義の硬直性と官僚主義を批判し、資本を超える潜勢力を常にはらむ労働者の自律性という概念を中心に据えた異例のマルクス主義理論を展開した。
それ以後のネグリの思想にも、国家にせよ資本にせよ、上から人を押さえ付けてくる力に対してつねに/すでに人々が有している解放的な力が先だち、自律性を保持することをやめないという発想が貫かれている。また『構成的権力』などでは、ルネサンス思想、スピノザ、マキャベッリなどの古典哲学の註解(ちゅうかい)作業を行いながら、ミシェル・フーコー、ジル・ドルーズのようなフランスのポスト構造主義思想家の影響のもとに、独自のマルクス主義哲学をさらに発展させ続けた。
[酒井隆史]
『アントニオ・ネグリ、フェリックス・ガタリ著、丹生谷貴志訳『自由の新たな空間――闘争機械』(1986・朝日出版社)』▽『杉村昌昭他訳『構成的権力――近代のオルタナティブ』(1999・松籟社)』▽『小倉利丸訳『転覆の政治学――21世紀へ向けての宣言』(2000・現代企画室)』▽『清水和巳他訳『マルクスを超えるマルクス――「経済学批判要綱」研究』(2003・作品社)』▽『杉村昌昭訳『ネグリ生政治的自伝――帰還』(2003・作品社)』▽『水嶋一憲・酒井隆史他訳『帝国――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(2003・以文社)』▽『杉村昌昭・住友武志訳『野生のアノマリー――スピノザにおける力能と権力』(2008・作品社)』
ポーランド出身の映画女優。ワルシャワの舞台からポーランド、ドイツ映画に転じ、エルンスト・ルビッチ監督が『カルメン』(1918)などで妖艶(ようえん)な魅力を引き出した。ルビッチとともに渡米、『禁断の花園』(1924)、『帝国ホテル』(1927)などで人気をよび、人気スターのルドルフ・バレンチノと婚約したが彼の急死によって消滅した。トーキーになってヨーロッパへ戻り、ドイツで『マヅルカ』(1935)、『夜のタンゴ』(1937)、イギリスで『クレタの風車』(1964)などに出演した。
[日野康一]
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