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ハースト Hearst, George

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハースト
Hearst, George

[生]1820.9.3. モンタナ,サリバン近郊
[没]1891.2.28. ワシントンD.C.
アメリカの鉱山主,農場経営者,新聞経営者,政治家。 W.ハーストの父。 1850年カリフォルニアに移り,ユタ,モンタナ,サウスダコタ,メキシコに鉱山を所有。 80年サンフランシスコで『デイリー・エグザミナー』紙を創刊。 86~91年連邦上院議員。

ハースト
Hearst, Phoebe

[生]1842.12.3. ミズーリ
[没]1919.4.13.
アメリカの鉱山主 G.ハーストの妻。旧姓 Apperson。慈善事業家として有名。カリフォルニア州と首都ワシントン D.C.で教育慈善事業を営んだ。

ハースト
Hearst, William Randolph

[生]1863.4.29. カリフォルニア,サンフランシスコ
[没]1951.8.14. カリフォルニア,ビバリーヒルズ
アメリカ合衆国の新聞経営者。ジョージ・ハーストの子。1887年父が所有する『サンフランシスコ・エグザミナー』を受け継ぎ,1895年9月ニューヨークに進出,『モーニング・ジャーナル』を買収して『ジャーナル』と改題したのを手始めに,独特の経営手法で 20世紀にかけて,新聞 30,雑誌十数種,通信,映画など,関連事業 70種を擁する巨大な「ハースト・チェーン」を築いた。19世紀末ジョーゼフ・ピュリッツァーとの間に激烈な競争を展開し,センセーショナルな報道で,いわゆるイエロー・ジャーナリズムの中心人物となった。政治的にはアメリカ=スペイン戦争や反トラスト運動の扇動,8時間労働と婦人参政権の主張,ニューディール政策に対する賛美から非難への急変など,めまぐるしく変転したが,共産主義に対しては一貫して反対の立場をとった。

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デジタル大辞泉の解説

ハースト(William Randolph Hearst)

[1863~1951]米国の新聞経営者。ニューヨークでピュリッツァーの「ワールド」と販売合戦を行い、イエロージャーナリズムの全盛期をもたらした。全米各地の新聞および雑誌、放送局・通信社などを経営。

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百科事典マイペディアの解説

ハースト

米国の新聞経営者。父の跡を継いで《サンフランシスコ・エグザミナー》を経営,1895年ニューヨークに進出,ピュリッツァーの《ニューヨーク・ワールド》と激烈な販売競争をしてイエロー・ジャーナリズムの全盛期を現出。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハースト【William Randolph Hearst】

1863‐1951
アメリカの新聞経営者。1863年サンフランシスコに生まれる。82年ハーバード大学に入り,学生雑誌《ハーバード・ランプーンHarvard Lampoon》(《ナショナル・ランプーン》の前身)のビジネス・マネージャーとして活躍したが85年退学。87年父が買い取っていた《サンフランシスコ・エグザミナーSan Francisco Examiner》紙の経営・編集にあたり大成功を収め,95年750万ドルの資金をもってニューヨークに進出,《ニューヨーク・ジャーナルNew York Journal》を買収した。

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大辞林 第三版の解説

ハースト【William Randolph Hearst】

1863~1951) アメリカの新聞経営者。扇動的な記事と1セント売りでイエロー-ジャーナリズムの一翼を担い、大衆紙を確立。多くの新聞・雑誌を傘下に収め、新聞王と呼ばれた。

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世界大百科事典内のハーストの言及

【アメリカ合衆国】より

…1833年デイBenjamin Dayの出した1ペニー新聞《ニューヨーク・サン》がそれであるが,現代型新聞の原型は,19世紀末から20世紀にかけて形成されたといえよう。すなわち,米西戦争(1898)をはさむ期間,J.ピュリッツァーの《ワールド》(1883年から所有)とW.R.ハーストの《ニューヨーク・ジャーナル》(1895年から所有)との,激烈な競争(イェロー・ジャーナリズム)のなかで,100万単位の部数,広告収入の確保,巨大資本による群小紙・誌の系列化,センセーショナリズムなど,現代新聞の特徴が生み出される。繁栄の1920年代には巨大企業による新聞チェーンの形成と系列化が進み,さらに30年代には,多くの新聞がF.D.ローズベルトのニューディール政策に反対して,党派的に〈偏向〉した報道を行った。…

【イェロー・ジャーナリズム】より

…日本で赤新聞といわれるのがほぼ同義。1890年代,巨大企業と化したピュリッツァーの《ワールド》紙と,ハーストの《ニューヨーク・ジャーナル》紙は,常軌を逸した競争を展開する。《ワールド》の日曜版は,8ページの漫画セクションを出し,そのうちの4ページをカラーで印刷していた。…

【市民ケーン】より

…新人監督としては異例の6本契約を結び,製作に関するすべての権限と自由を保証されてつくったことでも伝説的な映画である。ウェルズは当初,映画化の題材として,J.コンラッドの小説《闇の奥》,イギリスの詩人C.D.ルイスがニコラス・ブレークの名で書いたスパイ・スリラー小説などを考えていたが,結局,脚本家H.J.マンキーウィッツ(1897‐1953)が《ニューヨーク・タイムズ》の記者時代からもっていたアイデアであるという〈新聞王〉W.R.ハースト(1863‐1951)をモデルにした《市民ケーン》に決まった。新聞界の大立者として権力と財力をわがものにしたチャールズ・フォスター・ケーンという男が,〈バラのつぼみ〉という謎めいたことばを残して孤独のうちに死んだところから始まり,それを伝えたニュース映画の記者が〈バラのつぼみ〉の意味をもとめてケーンの生涯を追い,かかわりのあった人物の回想を通してケーンの人物像と生涯の意味が浮かびあがってくる構成。…

【ニューヨーク・ジャーナル】より

…1882年J.ピュリッツァーの弟アルバートAlbert P.(1851‐1909)がニューヨークで1セント紙《モーニング・ジャーナルThe Morning Journal》として創刊,87年20万台に伸びるが,2セントに値上げして失敗。95年W.R.ハーストが18万ドルで買収,《ニューヨーク・ジャーナル》と改題した。ハーストは膨大な資金をつぎ込み,ピュリッツァーの《ワールド》を模倣し同紙を短期間のうちにピュリッツアーを脅かす強大な大衆紙に成長させた。…

【ピュリッツァー】より

…移民として多くの辛酸をなめた彼は素朴にデモクラシーの理念を信じ,社会正義の実現を願っていた。しかし,W.R.ハーストとの競争は,センセーショナリズムを助長し,あらゆるものをニュース化するとともに,広告費で支えられる巨大な新聞産業をつくり上げた。90年に引退を声明,特別製のヨットで療養生活を続けたが,死ぬまで編集スタッフへの方針指示はやめなかった。…

※「ハースト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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