翻訳|subculture
下位文化,あるいは副文化と訳され,ある社会に支配的・伝統的な文化main cultureに対置される。サブカルチャーはある集団に特有の価値基準によって形成されることで支配的文化との矛盾・対立を暗示する。subcultureの語は1950年代後半に,アメリカの社会学における少年非行研究で用いられた。その非行下位文化理論theory of delinquent subcultureでは,労働者地区特有の非行少年の特徴を,非功利性,破壊趣味,否定主義,集団的自律性などに見いだし,中産階級本位の競走的社会に対する,欲求不満の裏返しとしての一種の自己主張とした。
しかし,1960年代後半にこの意味は変化した。若者文化youth cultureとしてのサブカルチャーを無視しえなくなってきたためである。先進国の高度に発達した技術・情報社会にあって,若者は選別と管理のなかで成人文化adult cultureに対し不満を抱くようになった。アメリカの西海岸に生まれた前衛的芸術活動はその先駆であり,〈豊かな社会〉からみずからをドロップアウトしてそこに移り住んだ若者は,独特の風俗を生みだした。長髪,ひげ,ジーンズ,同性愛,LSDなどに象徴される風俗である。しかしそこには〈どれほどふざけていて抽象的で一見道徳的には無色のものに感じられようとも,実際には極めて深い悲痛感と危機感〉(S. ソンタグ)があった。また,それらは商業主義や権力装置に対して挑戦的であるがために,アングラundergroundたらざるをえず,秘密めいた雰囲気を醸した。一方,公民権運動やベトナム反戦運動の高揚は,フォークソングやロックの流行と相まって,反体制的気分を増長し,アングラ的前衛活動の枠を越え〈対抗文化counter culture〉としての性格をももつようになった。この意味でサブカルチャーは,現代文明社会を認識するうえで,新しくてこれまでよりも自由な方法論を反映しているといえよう。
執筆者:高田 昭彦
人間以外の動物の行動のうち,非生得的で社会生活を通じてその集団の成員間に獲得,伝播(でんぱ),伝承され,集団の全成員,またはその一部に分有される行動をいう。インフラヒューマン・カルチャーinfra-human culture,プレカルチャーpre-culture,プロトカルチャーproto-cultureなどとも呼ばれる。サブカルチャーは,とくに言語が介在しないがゆえに人間社会の文化(カルチャー)と区別されるが,リントンR.Lintonの〈習得された行動と行動の諸結果の総合体であり,その構成要素がある一つの社会のメンバーによって分有され伝達されているもの〉というカルチャーの定義からすれば,両者は区別できない。
サブカルチャーは,動物の行動にも人間の行動と共通のものを見いだし,行動の進化的側面に着目しようという意図のもとに,今西錦司が《人間性の進化》(1952)の中で理論化した概念である。その後,ニホンザルの群れにサブカルチャーに該当する行動が次々と発見され,この現象の研究は日本の霊長類学の中心的テーマの一つとなった。その例としては,宮崎県幸島の群れで見られた〈イモ洗い行動〉,大分県高崎山の群れの〈キャラメル食い〉などが有名である。これらはそれまでそれぞれの群れに見られなかった行動であるが,最初に若い個体によって獲得され,それが血縁関係にある個体や遊び仲間など,とくに親しい関係を通じて徐々に群れ全体に伝播していった。さらにこれらの行動を獲得した母親から新生児へは,より確実により短時間のうちに伝承されていき,その群れのサルたちの新しい習性として定着していった。こうした行動の伝達は,習得者から何らかの働きかけがあってなされるわけではなく,非習得者の能力だけに依存している。
ニホンザルの自然群においても,群れによって食物の種類や,人間に対する態度,性行動のパターンなどに違いが見られるが,それらの多くはサブカルチャー現象として説明される。野生のチンパンジーにも,食性,道具使用の行動など,地域集団によるサブカルチャーの違いが認められている。サブカルチャーの伝達に関して,今西は,若い個体が自己をあるおとなのサルに同一視し対象の行動型を全的に獲得するメカニズムを想定して,アイデンティフィケーションidentificationと呼び,群れ中心的な社会的行動の伝承を説明しようとした。
執筆者:黒田 末寿
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
下位文化または副次文化と訳される。ある社会の全体的な文化total cultureあるいは主要な文化main cultureに対比される概念である。つまり、ある社会に一般的にみられる行動様式や価値観を全体としての文化と考えた場合、その全体的文化の内部にありながら、なんらかの点で独自の性質を示す部分的な文化がサブカルチャーとよばれる。それは、全体社会のなかの特定の社会層や集団を担い手とする独特の行動様式や価値観であり、いわば「文化のなかの文化」である。具体的には、たとえば上流階級の文化、ホワイトカラーの文化、農民の文化、都会の文化、若者の文化、軍隊の文化、やくざ集団の文化などがこれにあたる。また、これらのサブカルチャーを一つの全体的文化(あるいは上位文化)とみて、さらにそのなかのサブカルチャーを考えることもできる(たとえば、若者文化youth cultureのサブカルチャーとしての学生文化など)。
サブカルチャーの概念は、もともと1950年代後半のアメリカ社会学における非行研究(非行少年が形成している独特の非行下位文化delinquent subcultureの研究)から発展してきたものであるが、今日では、前述のように、階層文化、年齢層文化、職業文化、地域文化など、さまざまの領域で広く用いられるようになっている。サブカルチャーは、全体的な文化から相対的に区別される独自性をもつ文化であるから、その文化に参与する人々に対して、支配的な全体文化のなかでは十分に満たされない欲求を充足させる役割を果たすことが多く、またそれらの人々に心理的なよりどころを与える場合も少なくない。と同時に、多様なサブカルチャーの存在は、全体としての文化の画一化を防ぎ、文化に動態性と活力とを与える働きをする。
サブカルチャーと全体文化あるいは主要文化との機能的な関係は、多くの場合、相互補完的である。つまり、サブカルチャーは、その独自性(全体文化あるいは主要文化との差異)を通して支配的な文化構造を補完し、その維持存続に貢献している場合が多い。しかし反面、サブカルチャーが、支配的文化に対立し抵抗する対抗文化counter cultureとしての働きをもつこともある。サブカルチャーの独自性が強く、その内容が支配的な文化に対して明確に批判的または敵対的であり、しかもそれが社会のなかである程度の影響力をもつような場合、サブカルチャーは対抗文化として作用し、支配的な文化構造の動揺や変動を導き、新しい文化形成の契機となることがある。たとえば、ヒッピーの活動や新左翼運動などを含む、1960年代後半から70年代前半にかけての先進的産業社会における若者文化には、明らかにそういう対抗文化的な性格がみられた。
[井上 俊]
『A. K. CohenDelinquent Boys (1955, The Free Press, U. S. A.)』▽『D. Arnold ed.The Sociology of Subcultures (1970, Glendessary Press, U. S. A.)』▽『T・ローザック著、稲見芳勝・風間禎三郎訳『対抗文化の思想』(1971・ダイヤモンド社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ある社会の支配的文化に対し,敵対し反逆する下位文化(サブカルチャー)を,一般に対抗文化(カウンターカルチャー)あるいは敵対的文化(アドバーサリー・カルチャー)と呼ぶ。だが現代におけるカウンターカルチャーは,先進産業社会とくにアメリカにおいて,1960年代から70年代初め,すなわち人種問題の激化,ベトナム戦争の拡大,公害問題の深刻化などを背景とする時代に盛りあがりを見せた,青年の反逆現象ないし〈異議申立て〉のなかで生み出された思想,価値体系およびライフスタイルを指す。…
※「サブカルチャー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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