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バチェラー バチェラーBacheller, Irving Addison

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バチェラー
バチェラー
Bacheller, Irving Addison

[生]1859.9.26. ニューヨーク,ピアポント
[没]1950.2.24. ホワイトプレーンズ
アメリカジャーナリスト,作家。ベストセラー『エベン・ホールデン』 Eben Holden: A Tale of the North Country (1900) など,30冊をこえる作品がある。

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バチェラー
バチェラー
Batchelor, John

[生]1854. サセックス
[没]1944
イギリス宣教師アイヌ研究家。 1876年来日し,伝道を兼ねながらアイヌ語を研究し,『アイヌ語・英語・日本語辞典』 An Ainu-English-Japanese Dictionary (1889) を著わした。

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デジタル大辞泉の解説

バチェラー(bachelor)

米国・英国で、大学卒業者の称号。学士。
独身の男性。独身者。

バチェラー(John Batchelor)

[1854~1944]英国の宣教師・アイヌ研究家。明治10年(1877)来日。64年間、アイヌへの伝道と教育・医療に尽くし、言語学・民俗学の研究に業績を残した。著「蝦英和三対辞書」。

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百科事典マイペディアの解説

バチェラー

英国の宣教師。中国を経て1877年来日,以降60余年にわたって北海道アイヌの救済伝道と研究に献身。〈バチェラー学園〉を設立してアイヌ子弟の教育にも尽力したが,太平洋戦争勃発前夜の1940年,離日せざるを得なくなった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

バチェラー Batchelor, John

1854-1944 イギリスの宣教師。
1854年3月20日生まれ。バチェラー八重子の養父。明治10年(1877)聖公会宣教師として来日。函館にすみ,16年からアイヌへの布教をはじめ,教育や医療活動もおこなった。またアイヌの言語や文化を研究し,「アイヌ・英・和辞典」「蝦夷(えぞ)今昔物語」などをあらわした。昭和16年帰国。1944年4月2日死去。90歳。サセックス州出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

バチェラー【John Batchelor】

1854‐1944
イギリス生れのキリスト教宣教師。1877年に来日し,以降,60余年にわたって北海道でアイヌへの布教活動を行うかたわら,アイヌ語・アイヌ文化について広範な研究を行い,アイヌ研究の権威となった。また,〈バチェラー学園〉を設立し,アイヌ子弟への教育活動にも貢献したが,太平洋戦争の勃発により1940年には日本を去ることを余儀なくされ,故国イギリスで生涯を閉じた。おもな著書に《蝦夷(えぞ)今昔物語》(1884),《アイヌ語文典》(1887),《蝦(か)和英三対辞書》(1887),《アイヌ炉辺物語》(1894),《アイヌ語新約聖書》(1897),《アイヌ人及其説話》(1900)などがある。

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大辞林 第三版の解説

バチェラー【bachelor】

学士。英米で大学を卒業した者に与える称号。
独身の男。

バチェラー【John Batchelor】

1854~1944) イギリスの宣教師。1877年(明治10)来日、北海道でアイヌへの伝道の傍らアイヌの言語や風俗を研究した。アイヌに対する教育・医療面にも貢献。1940年(昭和15)戦争のため帰国。アイヌ語訳聖書や「アイヌ・英・和辞典」を著す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バチェラー
ばちぇらー
John Batchelor
(1854―1944)

イギリス人宣教師、アイヌ研究者。ロンドン南方のサセックス州アクフィールド生まれる。1877年、イングランド教会(聖公会)の宣教師として来日、北海道で伝道する。当時の日本人の差別・偏見に満ちたアイヌ観に衝撃を受け、これを契機にアイヌへの布教活動を開始し、多数の信者を育てた。また、キリスト教的アイヌ教育を目的とする伝道学校(愛憐(あいりん)学校、1888)やアイヌの医療施設「アイヌ施療病室」(1892)、アイヌ子弟の寄宿舎「アイヌ保護学園」(1922)を設立し、アイヌに対する教育と医療に貢献した。しかしながら、バチェラーのこうした活動に対して、後年、違星北斗(いぼしほくと)が「五十年伝道されし此(こ)のコタン見るべきものの無きを悲しむ」と詠んだように、アイヌの側からの批判もあった。バチェラーは、アイヌ語・アイヌ文化の研究にも優れた業績を残し、日本のアイヌ研究の先駆者の1人に数えられている。著書には、アイヌの生活・文化を紹介した『蝦夷(えぞ)今昔物語』(1884)、アイヌ英和辞典『蝦和英三対辞書』(1889)など多数ある。第二次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)により帰国。バチェラーの旧宅は、現在、北海道大学農学部附属博物館分館として使用されている。歌集『若き同族(ウタリ)に』を著した歌人バチェラー・八重子(やえこ)は彼の養女である。[竹ヶ原幸朗]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のバチェラーの言及

【学位】より

…つまり学位制度は,ヨーロッパ系と,中国系とに二分される。ヨーロッパ中世の大学では,英語でドクターdoctor,マスターmaster,バチェラーbachelor(今日の学士)という三つの学位が生まれていた。このうち,ドクター(ラテン語doctor)はdoceo(教える)を語源とし,大学の教師資格を証明する称号であった。…

【学士】より

…新制大学発足時は24種,旧制大学時代は12種であった。現在の学士制度は欧米の大学卒業者に与えられるバチェラーbachelorの制度を移入したものである。しかし,日本の大学制度の中に学士制度があらわれたのは1872年(明治5)の〈学制〉の中であり,この時は古代の律令制度にならって,博士(はかせ),得業士と並んで大学卒業生への学位の一つとされた。…

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