翻訳|pie
小麦粉にバターなどを合わせた生地を用いた菓子および料理。菓子には果物,ジャム,クリームなど,料理には鳥獣肉,魚貝類などを包み込んだり上にのせたりして,オーブンで焼き上げる。生地の種類や中に入れる材料,形,大きさなどによってさまざまな種類がある。
パイ生地は,折込みパイ生地と練込みパイ生地とに大別される。(1)折込みパイ生地pâte feuilletée フレンチパイともいい,小麦粉を水で練った生地でバターを包み,これをのばしては折り畳むという操作を数回繰り返して,生地とバターがなん層にも重なるようにつくる。焼き上げたとき,薄い生地の重なりが口の中で軽く砕けるように仕上げるには技術を要するが,要点は小麦粉の生地に適度の粘りをもたせ,これと同じくらいの柔らかさのバターを均一に折り込むことにある。基本分量は小麦粉500g,無塩バター500g,水250~300㏄,塩5g。小麦粉は,強力粉のほうが折り込むときに生地が破れにくいが,薄力粉のほうが軽くさっくりしたでき上がりになるなど,それぞれに利点があるので,半々に合わせて用いる。小麦粉,塩,水を練り合わせて耳たぶくらいの柔らかさにし,最低30分間ねかせる。打粉をした台に生地を置き,中央を少し厚めにしてバターが包める程度の大きさにのばす。その中央にバターを置いて四方から包み,めん棒で長方形にのばし,両端を中央に折り畳んで三つ折りにする。これを縦長になるように置き換えて長方形にのばし,再び三つ折りにして冷蔵庫で15~20分冷やす。この操作をさらに2回繰り返し,計6回の三つ折りを行う。
あらかじめ冷やし固めたバターを,ナイフで粗く切りながら生地と軽く練り合わせてから折り込んでつくる,即席の折込みパイ生地もある。
(2)練込みパイ生地pâte à foncer 生地にバターを完全に練り込むもので,砂糖を加えるシュクレ生地pâte sucréeと,砂糖を加えないブリゼ生地pâte briséeに分けられる。ブリゼ生地の基本分量は小麦粉(薄力粉)250g,無塩バター125g,卵黄1個,塩3g,水40~50㏄。固くしたバターを細かく切りながら小麦粉,塩,卵黄とよく混ぜ合わせる。水を少しずつ加えて耳たぶくらいの柔らかさに練り,ねかせておく。シュクレ生地の基本分量は小麦粉(薄力粉)250g,砂糖75g,無塩バター150g,卵黄1個強,塩3g。卵黄と砂糖,塩を白っぽくなるまで混ぜ,少し柔らかくしたバターを加えて練る。ここに小麦粉を加えて軽く合わせ,台の上に移して練り合わせ,ねかせておく。
折込みパイ生地の菓子には,焼いた生地を3層ほど重ね,その間にクリームやジャムをはさみ,上に粉砂糖などで飾ったミルフイユmille-feuilleや,楕円形に切った生地に果物やジャムをのせて半分に折って焼いたショーソンchausson,断面がハート形になるように生地を巻き込んで小口から薄切りにして焼いたパルミエpalmier,木の葉形にしたリーフパイ,生地を円錐状の型に巻いて焼き,クリームを詰めるコルネcornet à la crèmeなどがある。また即席の折込みパイ生地を使ったものとしては,シナモンで香りづけしたリンゴの砂糖煮を詰めたアップルパイが代表的である。
練込みパイ生地の菓子には,円形のパイ皿に生地を敷き,果物を詰めて焼いたり,あるいはパイ皿に敷いた生地を先に焼いてから中にカスタードクリームなどを詰めたり,その上にさらに果物やナッツ類を飾ったものなどがある。このような上から生地をかぶせないパイは,タルトと呼ぶことが多い。タルトレットtarteletteはタルトの小型のもの,バルケットbarquetteは小さな舟型で焼くもの。なお,ブリゼ生地は水が入るため粘りがあり焼き上がりがくずれにくいので,水気の多い果物を詰めて焼く場合に向いており,シュクレ生地はもろく崩れやすいので,まず生地だけを先に焼いてから後で詰物をする場合に適する。
折込みパイ生地を使う料理ではブーシェbouchéeやアリュメットallumetteが,オードブルによく用いられる。ブーシェは生地を直径5cmの円形に抜き,うち半数はさらに少し小さい丸型で抜いてリング状にし,溶卵を塗ってこの両者を重ねて焼いてケースをつくり,中に煮込物やあえ物を詰める。アリュメットは細長くのばして小さな長方形に切った生地に,いろいろの材料をのせて焼く。練込みパイ生地を使うものはブリゼ生地を用い,タルトレットやバルケットに,ペーストやソースであえた貝やエビなど種々の物を詰めてオードブルに用いるほか,チキンパイ,ミートパイなどもつくられる。チキンパイは鶏肉,タマネギ,ニンジンなどをバターでいためて鶏のだしを加えて煮込み,ソースベシャメル(ソース)でとろみをつけたものを深いパイ皿に入れ,生地をかぶせて焼き上げる。
ヨーロッパでは各国にそれぞれ伝統的なパイ料理があり,なかでも子牛の腎臓を用いるイギリスのキドニーパイkidney-pie,大型のブーシェともいうべきフランスのボロバンvol-au-vent,サケのほぐし身をおもに詰物にする大型長方形のロシアのクレビャーカkulebyakaなどが有名である。なおパイ料理の場合の生地は,小麦粉の代りに裏ごししたジャガイモを用いたり,バターの代りにケンネ脂(牛の腎臓を包んでいる脂肪)やラードを用いることもある。
執筆者:辻 静雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスではパテpâtéという。小麦粉と固形油脂とで生地(きじ)をつくり、この生地を外皮として、中身を入れて焼いたもの。甘味のパイと料理用のパイの2種類がある。これらのパイの外皮にも、イギリス、アメリカ風の練りパイ生地と、ヨーロッパ風の折りパイ生地の2種類があり、作り方がまったく異なっている。甘味のパイには、アップルパイ、レモンメレンゲパイ、チョコレートパイ、パンプキンパイ、クリームパイ、各種タルト、ブーシュ・パーミシェル(1人用に小形に焼いたもの)など、料理用パイには、チキンパイ、フィッシュパイ、ビーフステーキパイ、ゲームパイ(野生鳥獣)、キドニーパイ(子牛の腎臓(じんぞう))、ミンスミートパイなど、その数はたくさんある。
[小林文子]
菓子の材料は主として小麦粉、砂糖、卵などに香料で風味を添えてつくられるのが普通だが、パイ類は小麦粉とバター、ショートニングなどの簡単な材料の配合によって、外見や味に他の菓子類と異なった上品な風味をもったものとなる。たとえばミルフィユmille feuille(フランス語で千枚の葉の意)のようなヨーロッパ風生地によるパイ皮は、薄い小麦粉の層が軽く幾重にも重なり、最初のこね粉の3~4倍以上の高さになる。小麦粉とバターの割合がほぼ同量でつくられ、両者の特性を十分に活用した魔法の菓子ともいえよう。
[小林文子]
(1)イギリス、アメリカ風パイ皮American pie crust(練りパイ生地) 小麦粉にその半量の固形油脂(バターなど)を1センチメートル角に刻んで入れ、手でもみほぐしてパン粉状になったところに、冷水または牛乳をふり入れ軽く混ぜ合わせる。手にふり粉をつけてまとめ、ボールに入れてぬれ布をかけ、冷蔵庫で20分(時間があるときは長く置いてもよい)休ませておく。これを取り出し、大理石またはまな板にふり粉をしてその上に置き、丸形、長方形など好みの形に伸ばしたものを小形に切って、好みの中身を詰める。またはパイ皿に伸ばし、中身を詰めて、上部に皮を細い紐(ひも)状にしてかけたり、全体に皮をかぶせたりする。皮の表面に卵黄を刷毛(はけ)で塗り、最初は強火の天火(230℃ぐらい)で7~8分焼き、周りが固まったところで200℃ぐらいに下げて表面が黄金色ぐらいに焼く。リンゴを詰めたものをアップルパイというように、詰め物によって名前をつける。(2)ヨーロッパ風パイ皮pâté feuilletée(フランス語。折りパイ生地) フレンチパイともいう。小麦粉は強力粉、薄力粉を半々にして篩(ふるい)にかけ、塩少々を二度ふりかけ(有塩バターのときは不要)、これに冷水を粉の55%ぐらい入れて約5分間練る。搗(つ)きたての餅(もち)(耳たぶ)ぐらいの柔らかさがよい。そのままボールに入れてぬれ布をかけ、冷蔵庫で2時間以上休ませる。バターはパラフィン紙に包み、両手のひらで押して1センチメートル厚さの角型につくる。冷蔵庫のこね粉を板上に取り出し、中央を厚くして四隅が薄くなるように麺棒(めんぼう)で伸ばし、バターが十分包める大きさまで伸ばす。この上に用意したバターをのせ、四隅を中央に折り返し、空気の入らないように包む。このとき、あわせ目からバターがはみださないように注意する。バターとこね粉が平均に伸びるように、両手が平均に麺棒を押すような心持ちで伸ばす。1センチメートルぐらいの厚さの長方形に伸ばして、そのまま冷所で30分程度休ませる。次にこれを、初めの面積の3~4倍に薄く伸ばす。長いほうを三つ折りにし、次に折らないほうを長く伸ばすようにする。バターは15℃くらいのときが、いちばん伸ばしやすい。折り方は三つ折り3回、四つ折り1回で、伸ばすときの打ち粉は最少にすること。最後は3~5ミリメートルに伸ばし、包丁で切るか抜き型で抜いて好みの形にする。これに中身を入れたり、そのままで焼いたり、千差万別の形のパイが創意とくふうによってできる。
[小林文子]
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