パサルガダエ(英語表記)Pasargadae

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パサルガダエ
Pasargadae

アケメネス朝ペルシアの最初の首都。イラン南西部ペルセポリスの南東に位置する。名称はアケメネス氏族が出自したペルシア系のパサルガダイ部族に由来し,パサルガダイとも呼ばれる。前 550年キュロス2世がメディア王と最後の戦闘をここで交え,女性たちの激励で将兵は絶望的戦いを勝ち抜いたという。勝利後キュロスは当地に都市を建て,ペルセポリスに代わるまでの帝都となった。歴代ペルシア王はここで即位,王の入市のたび祖先の偉業を記念して市の全女性に金片が贈られたという。遷都後も宝庫が残されたが,前 330年アレクサンドロス3世 (大王) に明け渡された。 2004年世界遺産の文化遺産に登録。 (→パサルガダエ遺跡 )  

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デジタル大辞泉の解説

パサルガダエ(Pasargadae)

イラン南西部にあるアケメネス朝ペルシア時代の遺跡。ファールス州の都市シーラーズの北東約130キロメートルに位置する。紀元前6世紀半ば、キュロス2世によりアケメネス朝最初の首都が置かれた。キュロス2世の墓のほか、ゾロアスター教の神殿、要塞、宮殿などの遺跡がある。2004年に世界遺産(文化遺産)に登録された。パサルガディ

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百科事典マイペディアの解説

パサルガダエ

イランの南部ファールス州にある,紀元前6世紀に造営されたアケメネス朝ペルシア帝国の最初の王都の遺跡。イラン最大の遺跡ペルセポリスの北東約70kmに位置する。石壇を積み上げた堂々たるキュロス2世の霊廟があり,160haの地域には2つの宮殿やゾロアスター教の拝火壇などの遺跡が残されていて,アケメネス朝初期の芸術,建築をよく示している。2004年世界文化遺産に登録。

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世界遺産詳解の解説

パサルガダエ

2004年に登録されたイランの世界遺産(文化遺産)で、ファールス州に位置する、アケメネス朝ペルシアの最初の首都。紀元前6世紀に建設された遺跡で、宮殿やキュロス2世の霊廟、イランで最初の四分法に基づいて建設されたイラン式庭園などが、当時の芸術の顕著な例証として、世界遺産に登録された。◇英名はPasargadae

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世界大百科事典 第2版の解説

パサルガダエ【Pasargadae】

イランのペルセポリスの北東約70kmにあるアケメネス朝ペルシア帝国の王都の遺跡。ギリシア名パサルガダイPasargadai。同帝国の創立者キュロス2世(在位,前559‐前530)が造営した。同王はこの地に,大庭園,二つの宮殿(謁見宮殿と王の住居),1対の拝火壇,王墓,宝庫,方形建物などの石造建築を造った。これらの建築とそこに施された彫刻には,アケメネス朝が征服した先進文化(アッシリアウラルトゥ,メディア,バビロニアイオニア等)が適当に摂取されている。

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世界大百科事典内のパサルガダエの言及

【ペルシア帝国】より

…彼は統一的な帝国法典を編纂するよりも,エジプト人に慣習法の成文化を命じたように,諸民族の法を保障する道を選んだ。 キュロス2世はパサルガダエ,ダレイオス1世はペルセポリスに新しい王城を建設した。しかし,スーサエクバタナバビロンもまた王都として利用され,とくにスーサは事実上の首都の役割を果たした。…

※「パサルガダエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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