パテト・ラオ(読み)パテトラオ

百科事典マイペディア「パテト・ラオ」の解説

パテト・ラオ

ラオス国〉ので,ラオス愛国党を中心とする左派勢力。ラオス愛国戦線とも。1950年スパヌウォンが反仏抗戦政府を樹立したのに始まる。1973年パテト・ラオは,プーマ政権とラオス和平協定を結んだのち,ラオス各地に人民革命行政委員会を設置して徐々に勢力浸透を図った。1975年春のベトナム,カンボジア解放と呼応して,右派排斥運動が全国的規模に広がり,同年10月までに完全に政治の実権を握り,12月ラオス人民共和国を成立させた。
→関連項目ラオス

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

受託収賄罪

公務員が,職務に関する請託を受け,これを了承したうえで賄賂を受取ったり,要求,約束したりした場合に成立する犯罪。請託のない場合は単純収賄となり,法定刑が5年以下の懲役であるのに対し,請託のあったことが...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android