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パムク パムク Pamuk, Orhan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パムク
パムク
Pamuk, Orhan

[生]1952.6.7. イスタンブール
トルコの作家。西欧志向の強い裕福な家庭に生まれ育つ。英語教育を行なうイスタンブール市内の名門ロバートカレッジを経て,イスタンブール工科大学で建築を学ぶが3年で中退し,小説家を志す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パムク
ぱむく
Orhan Pamuk
(1952― )

トルコの作家。2006年にノーベル文学賞を受賞した。イスタンブールの中流家庭に生まれる。芸術家になることを夢みて、イスタンブール工科大学で建築学を3年間学んだが、美術への道をあきらめ、イスタンブール大学ジャーナリズム科に転じ、同校を卒業した。しかし卒業後はジャーナリストにならず、23歳のとき、小説家になる決心をして、執筆に専念した。1982年に初めての小説『ジェヴデット氏と息子たち』を出版、この作品でオルハン・ケマル文学賞およびミリエット文学賞を受賞した。その後も『静かな家』(1983)、『白い城』(1985)、『黒い書』(1990)、『新しき人生』(1994)、『わたしの名は紅(あか)』(2000)、『雪』(2002)など多くの話題作を発表している。これらの小説は40か国語以上に翻訳され、多くの文学賞も受賞している。『わたしの名は紅』と『雪』は日本語訳が出版されている。また、1985年から88年までアメリカに渡り、コロンビア大学で客員研究員を務めた。2004年(平成16)には来日を果たしている。
 ノーベル賞の受賞理由は「生まれ故郷(イスタンブール)の憂鬱(ゆううつ)な精神を探求するなかで、文明の衝突と融和の新しい象徴を発見した」となっている。イスタンブールはヨーロッパとイスラム世界が交錯する町であり、そこで育ったパムクの作品にもヨーロッパとイスラムの両方の要素がみいだせる。オスマン帝国末期の細密画の絵師を描いた彼の代表作『わたしの名は紅』の主題も「東洋と西洋の関係を見つめ直す」というものであった。パムクは、彼自身を「政治性のない一作家」としているが、トルコでは彼の社会評論は人気がある。2005年にスイス紙に「第一次世界大戦中にトルコで3万人のクルド人と100万人のアルメニア人が殺害された」ことを認める発言をし、トルコ国内で激しい非難を浴びた。トルコ政府はこの事件を否定しており、パムクはこの発言で、国家侮辱罪で一時起訴されたが、06年に起訴は取り下げられた。[編集部]
『和久井路子訳『わたしの名は紅』(2004・藤原書店) ▽和久井路子訳『雪』(2006・藤原書店)』

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