ヒトパピローマウイルスワクチン(読み)ひとぱぴろーまういるすわくちん

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ヒトパピローマウイルスワクチン
ひとぱぴろーまういるすわくちん

子宮頸(けい)がん等の原因となるヒトパピローマウイルス(human papillomavirus:HPV)の感染を予防することを目的としたワクチンHPVワクチン子宮頸がん予防ワクチンともよばれる。

 子宮頸がんの95%以上はHPV感染が原因とされ、子宮頸がんのほとんどは前がん病変である「異形成」(正常組織とは異なる細胞の核や形態の変化を示すこと)を経由して発生することから、子宮頸がんはHPVワクチン接種によってHPV感染と異形成の発生を防ぐことで「予防できるがん」であると期待されている。このことから、世界80か国以上においてHPVワクチンの公費助成による接種プログラムが実施され、HPV感染率の低下と子宮頸部異形成の頻度が減少していることが報告されている。HPVワクチンの接種がもっとも普及しているオーストラリアでは、2028年には世界に先駆けて新規の子宮頸がん患者はほぼいなくなる(ごくまれながんになる)とのシミュレーションがなされている。

 子宮頸部に感染するHPVの感染経路は性的接触と考えられ、性交渉の経験があればだれでも感染する可能性がある。HPVに感染しても多くの場合では身体の免疫機能により自然にウイルスが排除されるが、感染が持続した人の一部に異形成が生じ、さらにその一部ががん化すると考えられている。なおHPVは生涯のうちに何度も感染しうる。

 HPVワクチンはこうしたHPVの感染を予防するもので、すでにHPVに感染している場合のウイルス排除効果はないが、未感染の場合、ワクチンがカバーする範囲のHPV型に起因する前がん病変の発生をほぼ予防できるため、性交渉経験前の接種が効果的である。なお、副反応が疑われる接種後の症状について、ワクチン接種との因果関係を問わず情報収集がなされており、これまでに注射部位の疼痛(とうつう)(痛み)、腫(は)れ、発赤などが報告されている。

 日本においても、2013年(平成25)から公費負担による「定期接種」として、小学6年~高校1年生相当の女子を対象とした接種を国が勧奨してきた。しかしワクチン接種後に慢性疼痛や運動障害などの有害事象が生じた例が諸外国と比較して多く報告・報道され、市民からも接種に対する不安の声があがったことから、ワクチンの積極的勧奨が差し控えられている現状にある。

 これを受けて因果関係についての調査がなされたが、厚生労働省専門部会は2017年に、HPVワクチン接種後に報告されている慢性疼痛などの多様な症状とワクチン接種との因果関係を示す根拠は認められず、症状は接種後に特有のものではなく、ワクチン接種歴のない同年代女子にも一定の割合でみられる「機能性身体症状(心身の反応)」と考えられるとの見解を示した。その後も、接種との因果関係を問わず、接種後におこった有害事象についての情報収集・報告が続けられており、安全性の評価が継続されるとともに、予防接種法に基づく救済制度が適用されている。

 WHO(世界保健機関)も同様に全世界的な評価を継続しているが、HPVワクチンの推奨を変更しなければならないような安全上の問題はみつかっていないとしている。WHOは、ワクチンが使用されず、本来は予防が可能なHPV関連がんのリスクにさらされている日本の状況を危惧(きぐ)し、積極的勧奨の差し控えが続けば、将来、真に有害な結果を招くと警告している。日本産科婦人科学会などの関連学会も、国に対して積極的勧奨の再開を求めている。

 日本におけるHPVワクチンの積極的勧奨は2020年(令和2)現在も中断されている状況であるが、自治体ごとにワクチン接種の公費助成を行っており、接種後になんらかの症状が現れた場合の診療相談窓口も全都道府県に設置されている。

[渡邊清高 2020年11月13日]

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