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ビトラ Bitola

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビトラ
Bitola

セルボ=クロアチア語ではビトリ Bitolj,トルコ語ではモナスティル Monastirマケドニア南端の都市。首都スコピエに次ぐ第2の都市。標高 615mの高台にあり,ペラゴニア地方の経済,文化の中心地。スコピエとギリシア方面を結ぶ交通の要地でもある。バルカン戦争 (1912~13) により 500年にわたるオスマン帝国の支配から脱した。金属,食品,皮革,繊維,たばこ工場などがある。周辺部は穀物,タバコを産する農業地帯。人口 12万 2173 (1991推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

ビトラ

マケドニアの南西部の都市。ギリシアとの国境に近い同国最南端の都市で,標高615mの所に位置する。ギリシア人がつくり,ローマ時代にはヘラクレア・リンセスティスと呼ばれた町の近くに,スラブ人によって建設された町で,オスマン帝国時代にはモナスティルと呼ばれていた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビトラ【Bitola】

マケドニア南西部の都市。セルビア語ではビトリBitolj。人口7万7000(1994)。ギリシア時代のヘラクレイアHērakleia近くに11世紀にスラブ人がこの町を造った。1382‐1912年はオスマン帝国が支配し,モナスティルMonastirとよばれた。早くから商業・交通・文化の中心地として栄え,東方問題との関連で戦略的にも重要な町となり,多くの公使館が置かれた。第2次大戦後は金属,食品,繊維など工業が発達した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビトラ
びとら
Bitola

マケドニア共和国南部の都市。ペラゴニアPelagonija峡谷南部、標高600メートルに位置する。市の西側にはペリステル山(標高2601メートル)がそびえる。面積1798平方キロメートル。人口8万4400、地区人口11万7600(2003推計)。旧ユーゴスラビア時代に使用されたセルビア・クロアチア語ではビトリBitoli。地区のマケドニア人は90.9%を占める(1994)。オスマン帝国支配下にあった時期には、修道院を意味するトルコ語名モナスティールMonastirとして知られた。高原上にあるので、最良の牧草地に恵まれ牧畜が盛ん。穀物、タバコ、アカネ、ケシが栽培されている。金属、皮革、じゅうたん製造の工業もある。伝統的に通商の拠点として栄え、往時には12か国の領事館が存在していたといわれる。学校も多く、オスマン帝国の改革者として有名なケマル・アタチュルクも、ここの軍事アカデミーで教育を受けた。19世紀末にはテッサロニキにつぐ革命運動の拠点となった。しかし、第二次バルカン戦争後にマケドニアがギリシア、セルビア、ブルガリアによって分割され国境が設定されると、ほかのバルカン諸国とのつながりは断たれた。第二次世界大戦後の市街地復興に際しては、伝統的建築物の保存が配慮されたため、いまも往時の繁栄をしのぶことができる。マケドニア共和国の電力の8割は火力発電によってここから供給されている。[大庭千恵子]

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