観賞用,薬用に古くから栽培されるケシ科の越年草。東部地中海沿岸から小アジアにかけての地域が原産地で,日本には室町時代に中国あるいはインドから渡来したといわれる。茎は無毛で直立して2m近くになり,全体に粉白をおびる。5月ごろ,径約10cmの大きな美しい花をつける。花は1日開いてしぼみ,純白色を基本に紅色,紫色,絞りなどさまざまな花色の園芸品種がある。2枚の萼片は早落性で,花弁は4枚,おしべは多数。子房の上に柱頭が放射状に並ぶ。球形の蒴果(さくか)を〈芥子坊主〉といい,熟すと上部の穴から種子を多数出す。〈ケシ粒のような〉というたとえがあるように,種子は微細。牧野富太郎によれば,もともと〈芥子〉はカラシナの種子を指していたが,種子が似ているところから本種に転用され,しかもその音を誤って読んでケシとなったといわれる。未熟な果実に傷をつけると乳液が出るが,これを集めて乾燥したものがアヘンである。約15種のアルカロイドを含み,麻薬として重要なモルフィンmorphineやコデインcodeineの原料となる。日本ではセティゲルケシP.setigerum DC.とともに,〈麻薬取締法〉および〈あへん法〉によって,一般での栽培が禁止されている。漢方では果実を罌粟殻(おうぞくこく)といい,鎮咳(ちんがい)剤として用いる。また種子は食用となり,ケシ油をとる。
ケシ属Papaver(英名poppy)には約90種あり,大部分が地中海沿岸に分布,少数がアジアとアメリカにあり,日本にも利尻島に黄花のリシリヒナゲシを産する。
執筆者:森田 竜義 中国では罌粟,あるいは罌子粟とも書く。名の由来は,実が罌(かめ)に,種が粟(あわ)に似るためで,また別に象穀,米囊,御米あるいは囊子などの異名があるのは,実が米俵に,種が米に似るからだといわれる。これらの名称はいずれも六朝の文献にはみえず,唐の《開宝本草》や《陳蔵器》にみえるので,罌粟は7~8世紀ころにインドから中国に伝えられたと考えられる。花はその多彩な美しさによって麗春花,賽牡丹,錦被花ともいう。薬効に関しては,唐・宋時代ではもっぱら罌粟の種を下剤として用いたが,明代から用途が広がり,近代にはアヘンの原料となった。
執筆者:勝村 哲也
モルフィンを含まず,花壇,鉢植え,切花にふつう栽培されるケシは,次の5種である。(1)アイスランドポピーP.nudicaule L.(英名Iceland poppy)は,単にポピーと称して切花と花壇用に栽培される。多年草ではあるが,秋まき一年草として取り扱われる。原産地はシベリア,モンゴル,中国西部で耐寒性が強く,アイスランドでも野生状態で咲くので,この名がある。和名は,シベリアヒナゲシ。草丈30~40cm,葉は根生で羽状に深裂し,粗毛がある。花茎には葉がなく,粗毛があり,1花を頂生する。花径は10cm,花色は紅,橙,黄,白など。種子の発芽温度は15℃。一般には10月中旬花壇に直まきするか,小鉢にまき,育つにつれて大きな鉢に植えかえると4~5月に咲く。暖地での切花栽培は,8月中旬に冷蔵室内で平箱にまいて発芽させたものを9月に畑に植えれば,年末から1~2月に咲く。(2)ヒナゲシP.rhoeas L.(英名corn poppy)はグビジンソウ(虞美人草)ともいう。ヒナゲシのなかで花壇や鉢植えに多く栽培されるのは,改良種シャーレー・ポピーShirley Poppyで,紅色,桃色,白色,覆輪色の一重咲き,または八重咲き。移植をきらうので,9月末に直まきして間引きを重ねて育てる。(3)オニゲシP.orientale L.(英名Oriental poppy)は地中海沿岸からイランにかけて原産し,日本へは明治時代に渡来した。花径15~20cmで,改良種の花色は白色,桃色,朱紅色などがあり,宿根花壇に適する。種子を春にまけば次年の5月に開花する。株分けは10月,古株の周囲に叢生(そうせい)する小苗を分けて植える。ハカマオニゲシP.bracteatum Lindl.はオニゲシに酷似しているが,花の基部に2枚の大きな苞がついている。(4)ピエロP.commutatum Fisch.et Mey.は小アジア原産の一年草で,ヒナゲシに似るがやや小型で,花は緋紅色。花弁の基部に黒い斑紋がある。ヒナゲシに準じて育てるが,鉢作りが可能である。(5)タカネヒナゲシP.alpinum L.はミヤマヒナゲシともいう。アルプス,ピレネーの山岳地の原産で,アイスランドポピーをごく小型にした形質をもつ。花色はオレンジ,白,黄など。秋まきで4月に開花するが,栽培は山草的に取り扱うのがよい。
観賞用に栽培されるケシ類は茎に毛があるので,無毛のケシと容易に区別できる。
執筆者:浅山 英一
双子葉植物の離弁花類に属し,北半球の温帯を中心に47属約700種を有する。大部分は一年草または多年草。ケシ亜科,オサバグサ亜科,ケマンソウ亜科(エンゴサク亜科)に分けられるが,ケマンソウ亜科を独立の科とする見解もある。早落性の2枚の萼片と4枚の花弁をもつ両性花をつけ,子房上位であるという点では3亜科は共通した特徴を有している。ケシ亜科は,多数のおしべのある放射相称花をつけ,乳管を有し,傷をつけるとケシのように乳液を出す。オサバグサ亜科は花は放射相称だが乳管がなく,おしべは4本。ケマンソウ亜科も乳管がなく,花は左右相称になり,おしべは6本で,外側の輪に2本,内側の輪に4本並ぶが,内側の4本のおしべは半葯で,2本のおしべがそれぞれ二分したものと考えられる。ケマンソウ,コマクサ,ムラサキケマンなどを含む。系統的には特異な科で,多心皮類に近いとともに,アブラナ科との関係も考えられている。ケシ科の植物の多くはアルカロイドを含み有毒で,ケシ,クサノオウ,コマクサなど薬用植物が多い。また大型の美しい花をつけるものが多く,ケシ属(ケシ,オニゲシ,ヒナゲシなど),ハナビシソウ属,メコノプシス属,ケマンソウ属など,20属にわたる多数の種が園芸植物として利用されている。
執筆者:森田 竜義
ケシはまず安眠の象徴である。ローマ神話の眠りの神であるソムヌスSomnusは女神ケレス(ギリシア神話のデメテル)に,彼女をよく眠らせるためにケシを与えたといわれる。これはケシの実から精製したアヘンが催眠性,麻酔性をもつことによる。実際,アヘンをつくるためのケシの学名Papaver somniferumのsomniferumは〈眠りをもたらすもの〉という意味である。ケシと安眠との結びつきは,キリスト教世界にも引き継がれ,そこではケシは天国における眠りを意味する。
第2に,ケシは多産の象徴である。ソムヌスからケシを与えられたケレスは穀物の神である。ローマ時代には,このケレスの神像は小麦とヒナゲシの花冠で飾られた。これはヨーロッパの小麦畑には雑草として真っ赤なヒナゲシが点在していることからも説明できる。このようにヒナゲシは昔から小麦の豊かさを連想させるものだったのである。
第3に,ケシは死と復活の象徴である。ケレスはいったん眠りに陥るが,十分な休息を得たのちに元気に目を覚ます。これは一度まかれた穀物の種子がみずからは滅びても,必ず芽をふき新しい実を結ぶことを意味する。こうした古代的な考えは,ケシの真っ赤な花とキリストの流した血との類似性も手伝って,キリスト教の根本的な教義である死と復活の考えに受け継がれて生き延びたのである。
執筆者:山下 正男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ケシ科(APG分類:ケシ科)の越年草。茎は直立し、高さ0.5~1.5メートル、上部ですこし分枝し、折ると白色の乳液を出す。葉は緑白色、無毛で葉柄はなく、茎の上部につく葉は長い心臓形で基部は茎を抱き、茎の下部につく葉ほど大きく細長い。縁(へり)には不規則な欠刻状の鋸歯(きょし)がある。5月ころ、枝の先端に花を単生し、つぼみは下を向いているが、開花時は上を向き、1日でしぼむ。萼片(がくへん)は青みのある灰白色、楕円(だえん)状舟形で2枚あるが早く脱落する。花弁は4枚で大きな広倒卵形、色は白、紅、紫色など変化があり、雄しべは多く、花の中心に短い柄(え)をもつ雌しべが1本ある。多心皮からなる子房は扁球(へんきゅう)形で縦線が7~15本走り、花柱は同数の切れ込みがある円板状をなし、子房の上にかぶさる。果実は未熟なときは淡緑色で白粉を帯びており、熟すと黄褐色となり、光沢がある。径数センチメートルに達し、花柱の下部に小孔を生じ、風に揺られるとその孔から種子が落ちる。種子は小さい腎臓(じんぞう)形で、数が非常に多く、白色または黒色である。これを芥子の実(ポピーシード)と称し、古くから料理に用いられている。
乳液中にモルヒネ、コデイン、テバインなど約25種のアルカロイドが存在し、それらが鎮静、鎮痛、鎮咳(ちんがい)、麻酔、止瀉(ししゃ)作用をもつので薬用として栽培される。また種子に脂肪油を50%も含んでいるのでそれを、食用や油絵の具用の芥子油として用いる。ケシおよびセティゲルム種の未熟果実から得た乳液を乾燥したものをアヘン(阿片、鴉片、opium)といい、トルコ、エジプト、イラン、インド、インドシナ半島、中国などで多く採取される。日本ではその栽培、乳液の採取、アヘン製造、販売などは「麻薬及び向精神薬取締法」「あへん法」によって厳しく制限され、花が美しいからといって庭に植えることも禁止されている。観賞用のヒナゲシ、オニゲシなどは葉の切れ込みが深く、基部が茎を抱かず、全体に毛が多く、はっきりした緑色であるから容易に区別できる。アヘンは、未熟な果実の表面に縦または横に数本の浅い切り傷をつけ、乳管を切断し、数分後に滲出(しんしゅつ)した乳液の凝固したものを竹べらでかき集め乾燥したものである。成熟した果皮(アヘンをとった残殻)を漢方では罌粟殻(おうぞくこく)と称して、鎮咳、鎮痛、止瀉剤として用いる。
[長沢元夫 2020年2月17日]
新石器時代のスイスの湖上住居遺跡から、食用にされたらしいケシの一種セティゲルムP. setigerum DC.の果実と種子が出土している。ギリシア時代には、すでに果実の催眠性が知られていた。ケシの名は「芥子(かいし)」から由来したが、中国の本来の芥子はカラシナの種子である。日本には平安時代にもたらされ、ケシの種子を焚(た)いてその香りを衣服に移したことが『源氏物語』に載る。江戸時代には観賞以外に、若葉を野菜として、また種子を炒(い)って食用にした。
[湯浅浩史 2020年2月17日]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ケシPapaver somniferum L.の未熟の果実に傷をつけ,浸出してくる白色乳液が空気に触れ,乾燥して黒色をおび,固形となったもの。産地によって形状が異なり,300~700gくらいの重量のもち状,球円状,円錐状の形にして商品にされる。…
…トリカブトは有毒成分のアコニチンが3~5mgで中枢神経を麻痺させ,呼吸困難,心臓麻痺によって人を死亡させるといわれる猛毒だが,加熱処理などによって毒力を軽減させ重要な医薬として漢方で用いられた。神経を犯す有毒植物は種類も多く,ケシから得られるアヘン,コカ葉,サボテンの一種ウバタマあるいはインド大麻などは,いずれも中枢神経に作用して連想を飛躍させたり幻覚をさそったりする成分を含有する。そのため昔から宗教儀式に用いられた形跡がある。…
※「けし」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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