ファカルティ・ディベロップメント(読み)ふぁかるてぃでぃべろっぷめんと(英語表記)faculty development

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ファカルティ・ディベロップメント
ふぁかるてぃでぃべろっぷめんと
faculty development

世界の高等教育機関で行われている、大学教員の能力向上や資質開発を行うための組織的な取組み。ファカルティは教員組織や教員をさし、ディベロップメントは能力開発を意味する。略称FD。FDは日本やアメリカで定着している名称で、イギリスやヨーロッパ諸国では、すべての教員と職員を対象とした取組みをさす類似した名称として、スタッフ・ディベロップメント(SD)が使われる場合が多い。1998年(平成10)に日本の大学審議会答申で示された定義によれば、個々の教員の教育内容・方法の改善のため、全学的にあるいは学部・学科全体で、それぞれの大学等の理念・目標や教育内容・方法についての組織的な研究・研修(ファカルティ・ディベロップメント)の実施につとめるもの、とされる。一般的にFDとして重視される領域としては、(1)研究能力の開発を主とした専門職開発Professional Development、(2)授業運営や授業手法の能力向上を目ざす授業開発Instructional Development、(3)授業の目的や内容の充実を図るためのカリキュラム開発Curriculum Development、(4)組織的な基盤を改善し向上するための組織開発Organizational Developmentなどがあげられ、教育の改善や教員の職能開発活動を幅広く意味する名称として使われている。

 FDは、1960年代のイギリスで大学教授法を改善する一環として、新任教員に対する教授技術改善コースの開設が提言されたことから始まった。これをきっかけに、マンチェスター理工科大学やロンドン大学で、教職員の能力開発(SD)コースが設置された。その後、アメリカでは1970年代に学生数、教職員数の急激な増大が進むなかでFDが発展し、高等教育の高度化、国際競争力の強化への取組みとして重要視されている。日本でFDの必要性が明確に示されたのは1998年の大学審議会の答申においてであり、その後、2008年(平成20)の大学設置基準の改正で、大学でのFD実施が義務化された。文部科学省が義務化前の2004年に行った調査によれば、学部もしくは研究科でFDを実施した大学は、709校中、国立大学で85大学(97.7%)、公立大学で52大学(67.5%)、私立大学は397大学(72.8%)で、合計534大学(75.3%)であった。日本の大学におけるFDの例としては、学生による授業評価、教員相互の授業参観の実施、授業方法の研究会の開催、新任教員のための研修会の開催などがある。

[編集部]

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百科事典マイペディアの解説

ファカルティ・ディベロップメント

一般には教員に授業の内容や方法を改善させるための組織的対策をいう。日本では,大学審議会の1991年の答申《大学教育の改善について》で,大学改革の一環として,授業計画の作成・公表,カリキュラム・ガイダンスの充実などとともに提言された。そのため,大学教員の自主的な研究会の開催や大学教育研究のためのセンターの組織化などがすすめられている。

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大学事典の解説

ファカルティ・ディベロップメント

[FDの定義と歴史]

ファカルティ・ディベロップメント(FD)とは,文字通りの解釈をすれば「大学教員(集団)の能力開発」のことである。この場合の能力とは,研究能力のみならず,教育能力,マネジメント能力,地域貢献能力といった総合的・複合的な能力が想定されている。大学が教育機関であることから,これらの中でも教育能力の開発に関わるさまざまな研修プログラムやサービスが数多く提供されている。日本では,教育能力の中でもとりわけ授業実施に関わる能力に特化してFDは議論されてきた。一方,授業,カリキュラム・プログラムの改革を意味する「教育開発」,あるいは組織・制度・規則の改革を意味する「組織開発」をも含めて,幅広くFDを定義する考え方もある。このようにFDの定義は,地域・時代によって多様である。

 歴史的には,大学が誕生した当初から「実態としてのFD」は存在していたことが予測される。中世ヨーロッパの大学では,遍歴学生が大学教員を評価しており,学生の授業料収入で生活していた大学教員は教授内容や方法を常に見直さざるを得なかった。アメリカ合衆国では19世紀初頭にハーヴァード大学で導入された,サバティカル(研究休暇)制度がFDの出発点だとする見方もある。しかしながら,一般的にFDの出発点とされているのは,1960年代後半の学生運動の頃である。学生運動は,大学がエリート段階から大衆段階に移行しているにもかかわらず,それに対応できていない授業やカリキュラムに対する,学生からの異議申立てという側面があった。北米・欧州・豪州諸国では,学生運動に対する大学側の対応として,おもに新任教員を対象とした大学教員研修制度,それを担う大学教育センターならびにFDを専門とするスタッフ(ファカルティ・ディベロッパー)が誕生した。また,その後に続く世界的な経済不況は,政府・企業からの大学教育に対する期待と批判を高め,着実にFDの取組みが進展していった。

 一方,日本においては,学生運動は日本のFDの出発点にならなかった。日本の学生運動においても講座制やマスプロ授業批判といった教育制度に対する不満が述べられていた。その結果,いくつかの大学では教育・学習環境の改善が見られたり,学生を大学運営に部分的に参画させたりする取組みも見られた。しかし,その後に続く政治的介入,そして経済の好況がそうした動きを減速させた。バブル経済崩壊まで,大学教員は研究活動を,大学生はアルバイトと就職活動を重視する状況が続き,教育・学習が大学において中核的な位置を占めることはなかった。1980年代に入り一部の大学教員や学会でFDは議論されていたものの,個別大学における組織的な取組みとして進展するまでに至った大学は非常に少なかった。

 こうした状況を変えた一つの要因が,文部科学省が2000年代に始めた競争的資金を使ったFD推進政策,いわゆるGP(グッド・プラクティス)事業である。2010年に民主党による事業仕分けによって廃止が決定されるまでの間,この取組みによって,膨大な数の新しいカリキュラム・プログラムが誕生した。またポストバブル時代の経済状況は,政府・企業そして学生自身が教育のあり方を問い直す機会を作り上げた。こうした環境の変化を,持続的に発展する内発的な改革に結びつけた大学も多い。

[日本のFDの現状]

各大学ではさまざまなFDの取組みが行われているが,これらの取組みは3層に仕分けることができる。第1層はミクロ・レベルである。公開授業と授業検討会,授業評価アンケートの実施・分析,各種授業技術を学ぶセミナーやワークショップ,専門家による授業コンサルティングなどがこれにあたる。第2層はミドル・レベルである。カリキュラム・プログラムの再構築・評価などがこれにあたる。第3層はマクロ・レベルである。FD委員会や大学教育センターの設置,ディベロッパーの配置,全学的な教育方針の策定などがこれにあたる。日本ではミドルやマクロ・レベルのFDが進展しておらず,FDを実施するための組織的基盤が脆弱である。そのため教員相互の授業参観や講演会開催といった比較的容易に実施できるFDの取組みが一般的である。活動内容の多様性があまりなく,深度の浅いものに留まってしまっている取組みも多い。

[FDの将来]

教育能力を中心に議論されてきたFDであるが,これからは研究能力やマネジメント能力を含めた「総合的な大学教員の能力開発」として捉え直すことになるだろう。しかも,こうした複数の能力が個別に位置づけられるのではなく,教員個人の中で統合されている必要がある。ボイヤーは,別々ではあるが重なり合う四つの大学教員の機能として,発見の学識,統合の学識,応用の学識,教育の学識をあげた。「研究と教育の統合」を促すFDの取組みが求められる。また単独の大学だけではなく,大学間連携や国家間連携によるFDの取組みが増えていくだろう。欧州ではすでに国家レベルで高等教育教授能力証明制度を導入している国が複数ある。欧州連合としても同様の制度を共同開発しようとしている。

 大学の大衆化が叫ばれる中,学生の大衆化と同時に,大学教員の大衆化も進展している。現代の大学教員にはどのような能力が求められているのか,そしてその能力をどのように開発して保証していくのか。大学教員個人,各大学,大学間,国家,そして世界レベルで議論する時期に来ている。
著者: 佐藤浩章

参考文献: 有本章『大学教授職とFD』東信堂,2005.

参考文献: E.L. ボイヤー著,有本章訳『大学教授職の使命―スカラーシップ再考』玉川大学出版部,1996.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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