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ブテレジ ブテレジ Buthelezi, Mangosuthu G.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブテレジ
ブテレジ
Buthelezi, Mangosuthu G.

[生]1928.8.27. マーラバティニ
南アフリカ共和国の政治家。インカタ自由党 IFP党首。フルネーム Mangosuthu Gatsha Buthelezi。ズールー族の有力な首長の家系に生まれた。サウスアフリカン・ネイティブカレッジで学んだが,アフリカ民族会議 ANC青年連盟での政治活動が原因で放校処分になり,ナタール大学で歴史とバンツー行政の学位課程を修了。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブテレジ
ぶてれじ
Mangosuthu Gatsha Buthelezi
(1928― )

南アフリカ共和国の黒人政治家。ナタール州(現クワズールー・ナタール州)ムラバティニに生まれる。フォートヘア大学卒業後、1953年ブテレジ部族の首長(チーフ)に選ばれ、ズールー王サイプリアンCyprian Bhekuzulu(1924―1968)を補佐する(1953~1958)。1970年ズールーランド原住民統治機構の指導者に任命され、1972年クワズールー・ホームランドが自治国となると同時に首相に就任した。1975年ズールー王国の復権、黒人の分離発展政策に反対するインカタInkatha運動を起こし、南ア政府と対立し、また、アフリカ民族会議(ANC)と武力衝突を繰り返し、多くの犠牲者を出した。1986年人種差別政策の解決策の一つと称して、ナタール州の白人とともに白人・黒人平等の州議会をつくった。1990年にはインカタ自由党(IFP)の議長に就任した。1994年4月の南ア史上初の全人種参加の制憲議会選挙では地方分権を主張して最後まで反対していたが、選挙直前に参加を決定、IFPは得票率10%を獲得した。マンデラ新連合政権では内相を務めたが、新憲法策定の制憲議会に反対し、クワズールー・ナタール州の自治を要求した。新憲法制定に際して国民党(NP)がマンデラ連合政権を離脱したのに対し、IFPはそのままとどまり、1999年選挙後のムベキ政権でもANCとの連合を続けた。[林 晃史]
Power is ours(1979, Books in Focus, New York) ▽South Africa ; my vision of the future(1990, St.Martin's Press, New York) ▽Ben Temkin Buthelezi ; a biography(2002, Frank Cass, London)』

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