ブロッホ(Hermann Broch)(読み)ぶろっほ(英語表記)Hermann Broch

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ブロッホ(Hermann Broch)
ぶろっほ
Hermann Broch
(1886―1951)

オーストリアの小説家。ウィーンのユダヤ系大紡績会社社長の子として生まれる。ウィーン工業大学卒業後、父の会社に入り、30歳で社長となる。実業界でオーストリア経営者連盟の理事、労働裁判所の労資調停委員、失業対策委員などを務め活躍したが、1927年41歳のとき突然これらの活動からいっさい手を引き、ウィーン大学哲学数学、心理学を研究するかたわら、長編小説夢遊の人々』(1931~32)を書き始める。この作品は、19世紀末から第一次世界大戦末までの時代の底流をとらえ、人々の精神的な危機を摘出し、エッセイの形で文明批評をも盛り込んだ破格の小説で、出版されるとたちまち識者の間で高く評価された。38年、ナチスがオーストリアを併合するとすぐリベラルなユダヤ人作家として逮捕されたが、ジョイスなど外国作家たちの努力でイギリスに逃れ、さらに、すでに亡命していたトーマス・マンの招きでアメリカに亡命した。幾多の辛苦を重ねたのち、すでにナチス拘禁下に構想していた『ウェルギリウスの死』を45年に完成した。古代ローマの大詩人の臨終の数時間を描いたこの長編詩は、大詩人に仮託して、ナチスが猛威を振るう時代における芸術や文学の存在に対する深い疑念とその無力についての深い認識を語り、いわば文学を克服する文学となっている。今日この大作は20世紀文学の主要な作品の一つに数えられ、ブロッホはジョイス、カフカと並び称されるまでになった。

 ほかに、小市民の罪なき人々の罪を描いた『罪なき人々』(1950)、山村に現れた口達者な放浪者が村人口車にのせ、殺人まで犯させる遺作『誘惑者』(1953)、ナチス現象を歴史的必然としてとらえ、精神的荒廃からのよみがえりのために宗教にかわるヒューマニズムへの回心を説く未完論集『群衆心理学』(1957)などがある。またエール大学教授を務めながら、51年心臓麻痺(まひ)で亡くなるまで、人権擁護の文筆活動を続けていた。

[入野田眞右]

『川村二郎訳『ウェルギリウスの死』(『世界の文学13』所収・1977・集英社)』

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