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ジョイス Joyce, James (Augustine)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジョイス
Joyce, James (Augustine)

[生]1882.2.2. ダブリン
[没]1941.1.13. チューリヒ
アイルランドの小説家。ダブリンの知的雰囲気にあきたらず,1902年アイルランドを去り,生涯の大半をトリエステ,チューリヒ,パリなど大陸で過して悪戦苦闘の作家生活をおくった。短編集『ダブリンの人人』 The Dubliners (1914) ,半自伝的小説『若い芸術家の肖像』A Portrait of the Artist as a Young Man (17) に続いて,大作『ユリシーズ』 Ulysses (22) を発表した。この作品は,「意識の流れ」の手法を縦横に駆使して,主人公レオポルド・ブルームの平凡な一日の行動を心理の深層に分入って描いたもので,きわめて斬新な表現によって文壇に甚大な衝撃を与え,いわゆる「全体小説」として 20世紀における最大の問題作となった。最終作『フィネガンズ・ウェーク』 Finnegans Wake (39) はさらに進んだ実験的作品で,言語表現の可能性を極限まで追究したものといえる。ほかに,詩集『室内楽』 Chamber Music (07) ,戯曲『亡命者たち』 Exiles (18) などがある。

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百科事典マイペディアの解説

ジョイス

アイルランド出身の小説家。ダブリン生れ。大学卒業後パリに出たりしたが,1906年からトリエステ,ローマ,チューリヒで英語の教師などをしながら文筆活動を行い,詩集《室内楽》(1907年),短編集《ダブリン市民》(1914年)などを書く。
→関連項目伊藤整失われた時を求めてギマランイス・ローザコスースジェームズ小説スターンダブリンヒューストンブロッホベケットベリオ亡命文学丸谷才一

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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

ジョイス

正式社名「株式会社ジョイス」。英文社名「JOIS Co., Ltd.」。小売業。昭和26年(1951)「株式会社一戸商店」設立。同54年(1979)「株式会社いちのへ」に改称。平成2年(1990)現在の社名に変更。本社は盛岡市東安庭。スーパーマーケット。岩手県で売上高トップクラス。秋田県にも展開。主力は食料品。JASDAQ旧上場。平成24年(2012)アークスと経営統合、完全子会社となり上場廃止

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世界大百科事典 第2版の解説

ジョイス【James Joyce】

1882‐1941
アイルランドの詩人,小説家。ダブリンに生まれ,C.S.パーネル没落直後のアイルランド独立運動挫折期に育つ。イエズス会の教育を受け,聖職への道を勧められたが,ユニバーシティ・カレッジに進んだころから本格的に文学に志し,1902年ここを卒業すると,同年冬パリに赴いた。しかし貧困そのもののパリでの生活は長続きせず,03年母危篤の報で帰国し,私立学校の教師となった。04年6月,ノラ・バーナクルと結婚,再び祖国を去り,アドリア海沿岸のプーラで英語教師の職についた。

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大辞林 第三版の解説

ジョイス【James Joyce】

1882~1942) アイルランドの作家。ダブリン生まれ。ヨーロッパを転々としながら言語の可能性を追求。短編集「ダブリナーたち」では徹底した写実技法によって自ら「麻痺の中枢」と呼んだダブリンを描く。Dubliner という英語はこれが初出。自伝的作品「若き日の芸術家の肖像」に現れる「沈黙、流浪、狡猾」の創作姿勢は、「ユリシーズ」「フィネガンズ-ウェイク」として結実。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジョイス
じょいす
James Augustine Aloysius Joyce
(1882―1941)

アイルランドの小説家。プルーストと並んで20世紀の小説革命にもっとも力のあった作家。[出淵 博]

生涯

2月2日、ダブリンの収税吏の子に生まれる。すばらしいテノールの持ち主で冗談好きの父と、カトリックの信仰厚いピアノの上手な母とから、独自の言語感覚と音楽性を受け継いだ。名門のイエズス会系の学校クロンゴーズウッド・カレッジに入学するが、父の失職に伴う家運の衰退によって退学。のち給費生として、もう一つの名門校ベルベディア・カレッジに転校。ここでラテン語、フランス語、イタリア語を修得するが、聖職にはつかない決意をした。1898年ダブリンの大学ユニバーシティ・カレッジに進学。フロベール、イプセン、ハウプトマンに傾倒。1900年18歳で、イプセンの『われら死者目ざめる時』についての論文「イプセンの新しい劇」を『フォートナイトリー・レビュー』誌に掲載、イプセンから礼状をもらう。このことと、翌年アイルランド文芸劇場にみられる地方的偏狭性をついたパンフレット『騒乱の時代』を自費出版した事実から、ジョイスが若くして、普遍的なヨーロッパへの憧憬(しょうけい)をもっていたことがわかる。
 1902年大学を卒業後、家計を考えて医師として身を立てようと医学校に進学するがすぐ中退、パリに出た。無一文の状態で文学を修業するが、このころ、彼の「内的独白」の手法に強い影響を与えることになるエドゥワール・デュジャルダンdouard Dujardin(1861―1949)の『月桂樹(げっけいじゅ)は切られた』を入手している。1904年、母危篤の知らせで帰国、祈ってほしいという死の床での母の願いを、すでに棄教しているという理由で拒み、このことでのちのちまで心をさいなまれた。この年、妻になるノラ・バーナクルという娘と知り合った。やがてダブリンを離れ、イタリア領ポーラ(現、クロアチア領プーラ)、トリエステ、ローマなどを放浪、創作活動を続ける。トリエステ時代に、英語の個人教授をした生徒のなかに富裕なユダヤ系イタリア商人エットレ・シュミッツがいたが、彼はジョイスに励まされイータロ・ズベーボの筆名で作品を発表することになる。その後ジョイスはダブリンには二度ばかり帰国するが、1912年、8年来書き続けていた『ダブリン市民』をめぐって、アイルランドの出版社との間がこじれてからは二度と故国の土を踏まなかった。第一次世界大戦中はチューリヒに滞在し、貧困と眼疾とに苦しむが、イェーツ、パウンドらの後援、『エゴイスト』誌の編集長ウィーバーHarriet Shaw Weaver(1876―1961)の資金的援助によって切り抜け、『若い芸術家の肖像』『ユリシーズ』をそれぞれ『エゴイスト』『リトル・レビュー』誌に連載した。1920年から19年間はパリ生活、第二次世界大戦のため1940年からチューリヒに移るが、翌1941年1月13日、十二指腸潰瘍(かいよう)のため死亡。[出淵 博]

小説形式の極北を目ざす実験

作品としては、叙情的で形式的に完璧(かんぺき)さをもつ詩集『室内楽』(1907)、フロベールに学んだ写実と細部描写からものの本質がひらめき出るいわゆる「エピファニー」の手法を用いた短編集『ダブリン市民』(1914)、芸術家としての天分の発見を文体自体の成長と合致させたユニークな教養小説である長編『若い芸術家の肖像』(1916)、中年の広告業者の1日を、ホメロスの『オデュッセイア』の枠組みに当てはめて描き出した神話的手法の長編『ユリシーズ』(1922)のほか、戯曲『追放者たち』(1918)、詩集『一つ一ペニーの林檎(りんご)』(1927)があるが、1923年から15年かかって完成し、さまざまな雑誌に分載した「進行中の作品」――『フィネガンズ・ウェーク』(1939)は、H・C・イアリッカーという泥酔男の一夜の夢のなかに人類史を封じ込め、G・ビコの円環状の歴史観によって体系づけたもの。新しい言語を創造することによって同時に新しい世界を創造しようという壮麗な試みであり、小説形式の極北を目ざしたものといえよう。また死後発見されたエロスに満ちたスケッチ集『ジャコモ・ジョイス』(1968)がある。ジョイスの文学上の実験はフォークナーらの英語圏作家にとどまらず、フランスのクロード・シモン、ロブ・グリエらヌーボー・ロマンの作家や『テル・ケル』の批評家、ガルシア・マルケス、カブレラ・インファンテら南米ラテン系諸国の作家たちに影響を与えた。[出淵 博]
『出口泰生訳『室内楽』(1972・白凰社) ▽海老池俊治・戸田基・小田島雄志他訳『世界文学大系67 ジョイス』(1976・筑摩書房) ▽海老根宏他訳『世界文学大系68 ジョイス オブライエン』(1998・筑摩書房) ▽伊藤整編『20世紀英米文学案内9 ジョイス』(1969・研究社出版) ▽丸谷才一編『ジェイムズ・ジョイス』(1974・早川書房) ▽丸谷才一著『6月16日の花火』(1986・岩波書店) ▽大澤正佳著『ジョイスのための長い通夜』(1988・青土社) ▽リチャード・エルマン著・宮田恭子訳『ジェイムズ・ジョイズ伝1・2』(1996・みすず書房)』

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現代外国人名録2012の解説

ジョイス
Joyce


国籍
ブラジル

専門
シンガー・ソングライター

生年月日
1948

出生地
ブラジル リオデジャネイロ・コパカバーナ

経歴
1968年アルバム・デビュー。代表作に「フェミニーナ、水と光」など。ポストボサノバ第2世代に属す。’91年以来、ブルーノート東京出演は17回目を数える。自伝に「私のカメラがとらえたあなた」がある。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

世界大百科事典内のジョイスの言及

【ダブリン市民】より

…アイルランドの小説家J.ジョイスの短編集。1914年刊。…

【ノンセンス】より

…〈優美な屍が新しい酒を飲むだろう〉という文章ができあがり,以後この遊びは〈優美な屍cadavre exquis〉と呼ばれることになった。しかし現代文学が生んだ最大のノンセンス作品はジョイスの小説《フィネガンズ・ウェーク》(1939)であろう。ことば遊びを神話的次元にまで高め,〈現実〉の枠組みをまるごと組みかえてしまったこの奇作は,たしかに日常言語の常識からすれば〈ナンセンス〉あるいは〈狂気のたわごと〉にちがいない。…

【ユリシーズ】より

…アイルランドの作家J.ジョイスの長編小説。1922年パリで出版。…

※「ジョイス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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