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ブーニン ブーニンBunin, Ivan Alekseevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブーニン
ブーニン
Bunin, Ivan Alekseevich

[生]1870.10.22. ボロネジ
[没]1953.11.8. パリ
ロシアの詩人,小説家。ロシア人で最初のノーベル文学賞受賞者 (1933) 。 1891年に最初の詩集を出版。初期の作品は『村』 Derevnya (10) ,『乾いた谷間』 Suknodol (11) など農村生活の後進性を描いたものが多いが,徐々に社会性をもつ作品から離れた。

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デジタル大辞泉の解説

ブーニン(Ivan Alekseevich Bunin)

[1870~1953]ロシアの詩人・小説家。1933年ノーベル文学賞受賞。詩集「落葉」、小説「村」「アルセーニエフの生涯」など。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

ブーニン

ロシアの作家。貴族の出身。詩人として出発,《村》(1910年),《乾谷》(1911年)などの中編でロシア農村の暗さをリアルに描いて世界的に知られた。革命後フランスに亡命,自伝小説《アルセーニエフの生涯》(1930年)のほか,《ミーチャの恋》(1925年)などを発表。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブーニン【Ivan Alekseevich Bunin】

1870‐1953
ロシアの小説家,詩人。ボロネジの落ちぶれた古い貴族の家に生まれ,さまざまの職業を経験した。古典的なスタイルの叙景詩人として出発,詩集《落葉》(1901)やロングフェローの詩の訳でプーシキン賞を受賞,1909年科学アカデミー名誉会員に選ばれた。チェーホフゴーリキーと知り合ってからその強い影響のもとに散文の道へ進んだ。はじめ〈ズナニエ(知識)〉派に近づき,批判的リアリズムの色彩の濃い中編小説《黒土》(1904),《村》(1910),《乾いた谷間》(1911)などで貴族世界の崩壊と農村の荒廃を徹頭徹尾悲観的な調子で描いたが,しだいに社会的な主題から遠ざかり,《人生の盃》《兄弟》(ともに1914),《サンフランシスコから来た紳士》(1915)など,死や人生の無意味さという主題を強調した短編を書いた。

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大辞林 第三版の解説

ブーニン【Ivan Alekseevich Bunin】

1870~1953) ロシアの詩人・小説家。古典的な作風の詩人として出発し、「村」「乾いた谷間」などで没落地主の厭世的な気風を描いた。1933年、ロシア人として初めてノーベル文学賞を受賞。

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世界大百科事典内のブーニンの言及

【ロシア文学】より

…詩の世界でリアリズムを代表するのはN.A.ネクラーソフであり,戯曲では,モスクワの商人社会を中心に1840年代から80年代までロシア社会をリアルに描いたA.N.オストロフスキー(《雷雨》1859,《森林》1871など)である。リアリズムの残光を飾る短編作家,劇作家チェーホフは,次代のモダニズムへの移り行きをすでに感じさせ,ゴーリキー,ブーニンらも後にリアリズムに復帰するが,一時期モダニズム的手法に従った。(5)モダニズム 1894年のブリューソフの詩集《ロシア象徴主義者》で口火を切られた象徴主義運動の時代は,ロシア詩の〈銀の時代〉を招来するが,これは文化領域全体にわたるロシア・ルネサンスの始まりであった。…

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