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プライドの追放 プライドのついほうPride's Purge

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プライドの追放
プライドのついほう
Pride's Purge

1648年 12月6日,イギリス清教徒革命中の長老派追放事件。第1次内乱終了後,国王チャールズ1世との交渉が続くなかで,長老派が多数を占める議会は王との妥協をはかるようになったため,この日独立派の陸軍大佐トマス・プライドは部下を率いて下院におもむき,長老派議員 45名を逮捕し,78名を登院停止にした。これ以後長期議会は約 60名の独立派議員だけで構成されることになり,残部議会 (ランプ議会) と呼ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プライドの追放
ぷらいどのついほう
Pride's Purge

イギリスのピューリタン革命において、軍隊が一部の議員を強制的に議会から追放した事件。第一次内戦終了後、1647年になると、軍隊の取扱いをめぐって議会と軍隊の間に対立が生じ、議会内多数派の長老派は内戦終了を理由に軍隊を解散しようとした。これをみた国王は両派およびスコットランドと個別に駆け引きを行い、事態を自らに有利な方向に向けようとしたが失敗し、第二次内戦を引き起こすことになった。態度を硬化させた軍隊は、国王との交渉を打ち切ろうとしたが、長老派が依然国王との和解を望んでいたため、1648年12月6日、プライド大佐を議場に派遣して長老派とみなされた議員をすべて議場から追放した。この結果、事実上70名余りの議員しかもたない残部(ランプ)議会が成立し、国王処刑は避けられない事態となった。(書籍版 1988年)[小泉 徹]

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