ベンゾ〔a〕ピレンbenzo〔a〕pyreneともいう。化学式C20H12。芳香族炭化水素の一つ。ベンゼン環が5個つながった構造をもち,水に不溶でベンゼンなどの有機溶媒に可溶である。コールタールから抽出される強力な発癌作用をもつ物質として知られている。
コールタールやピッチを取り扱う労働者の顔面,頸部,陰囊などに皮膚癌がみられることがイギリスでは早くから注目されており,18世紀にはロンドンの医師ポットP.Pottによる報告が出されている。このコールタールと皮膚癌の実験的な因果関係は,1915年に山極勝三郎と市川厚一が,コールタールを長期間ウサギの耳やマウスの皮膚に塗って皮膚癌を発生させたことによって証明された。その後さらにベンツピレンとジベンゾアントラセンが,コールタール中に含まれる発癌有効成分であることが見いだされた。現在,ベンツピレンはコールタール中だけでなく,土壌,石油,石炭,排気ガス,タバコの煙およびタール,食品を焼いた煙,植物体などの中に広範に含まれていることが知られている。
ベンツピレンの発癌機構は次のように考えられている。ベンツピレンが細胞中に取り込まれると,細胞内の酵素の働きによって,ベンツピレンは活性体であるジオールエポキシドに変化する。このジオールエポキシドはおもに,遺伝子DNAを構成している塩基の一つであるグアニンに結合する。この結果,DNAの遺伝情報の発現機構が乱され,発癌過程が進行する。
→癌
執筆者:川口 啓明
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…しかるに1915年,日本の山極勝三郎と市川厚一は,ウサギの耳に年余にわたりタールを塗りつづけるという忍耐強い実験の結果,世界にさきがけて人工的に〈刺激〉により癌をつくり出すことに成功したのである。この成功に力を得て,イギリスの化学者グループが癌原物質の探索を精力的に行い,28年,ケナウェーE.Kennaway(1881‐1958)は合成炭化水素1,2,5,6‐ジベンズアントラセンの癌原性を明らかにし,33年にはクックJ.Cookがタール中の癌原物質が3,4‐ベンツピレンであることをつきとめた。他方,佐々木隆興と吉田富三は1932年,アゾ色素の一種であるo‐アミノアゾトルエンを飼料に混ぜてラットに与え,肝臓癌を発生させることに成功した。…
…【竹内 敬人】
[大気汚染と炭化水素]
オレフィン系炭化水素や飽和脂肪族炭化水素は,大気中のオゾンと反応して光化学スモッグの原因物質となる。タール中に含まれる3,4‐ベンツピレン(BP)が強力な発癌性をもつことが認められたのは20世紀の初頭であるが,その後の実験室的研究によれば,BPを代表とする多環芳香族炭化水素(PAH)のうちおもに4~6個の環をもつものに発癌性が認められている。これらは微粒子の表面に沈着し,あるものはニトロ化されて芳香族ニトロ化合物となり,重金属とともに肺内に侵入すると考えられる。…
※「ベンツピレン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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