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がんcancer

翻訳|cancer

8件 の用語解説(癌の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


がん
cancer

生体内の細胞が異常かつ無制限に増殖する病気。細胞増殖が生命維持に必要な臓器や組織で起ると正常な機能がそこなわれ,あるいは停止し,死にいたることもある。癌は「岩のように硬いはれもの」を意味する。

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デジタル大辞泉の解説

がん【×癌】

生体にできる悪性腫瘍(しゅよう)癌腫肉腫の総称。なんらかの原因で臓器などの細胞が無制限に増殖するようになり、周囲の組織を侵し、他へも転移して障害をもたらし、放置すれば生命をも奪うまでに増殖する病気。狭義には、癌腫のみをさす。キャンサークレーブス。カルチノーム。
組織などの内部にあって、大きな障害となっているもの。「職制機構のを取り除く」

がん【癌】[漢字項目]

[音]ガン(呉)(漢)
悪性の腫瘍(しゅよう)。「癌腫(がんしゅ)胃癌舌癌腸癌乳癌肺癌
[補説]もと中国医学の用語で、宋のころ作られた字。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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岩石学辞典の解説

球状岩の赤い斑点で,球塊の周囲に形成され,時には球塊を腐食してその中に突っ込んで産出する.これは他形の石英および赤色の斜長石である[Eskola : 1938].

出典|朝倉書店
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世界大百科事典 第2版の解説

がん【癌】

癌を完全に定義づけることは難しいが,ひとまず次のようにいうことができる。すなわち,〈癌とは,多細胞生物の体の中に生じた異常な細胞が,生体の調和を無視して無制限に増殖し,他方,近隣の組織に浸潤したり他臓器に転移し,臓器不全やさまざまな病的状態をひき起こし,多くの場合生体が死に至る病気〉である。 癌は多細胞生物の病気であって,細菌やアメーバなど単細胞生物には癌はない。多細胞生物では,1個の生殖細胞が分裂増殖し,さまざまな器官に分化し,全体として調和のとれた個体として活動している。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

がん【癌】

多細胞生物の細胞の分裂が不規則になって無制限に増殖し、周囲の組織を侵したり他の臓器に転移したりして生体を死に至らしめる病気。上皮性の悪性腫瘍しゆようのみをさすこともある。悪性腫瘍。悪性新生物。
組織全体に障害を及ぼしている事柄。 「社会の-」

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


がん

定義


 癌とは、肉体をつくっている細胞になんらかの発癌因子が作用して分裂を不規則に生じさせ、その細胞自体が肉体を構成している制御から離れて、無計画的、かつ一方的に増殖して、周囲にある組織を侵し、さらには血管、リンパ管などを通じて他臓器に遠隔転移し、ついにはもとの肉体に障害を与え、放置すればその肉体の生命をも奪うまでに増殖する病態をいう。このため、癌を悪性腫瘍(しゅよう)または悪性新生物ともいい、その細胞を癌細胞、悪性細胞という。以上は広義の癌の定義であるが、狭義には、肺癌、胃癌などのように個々の臓器に発生する悪性腫瘍をさして「癌」の語が代用されることがある。病理学的に分類すると、悪性腫瘍は癌腫と肉腫とに分けられる。癌腫とは皮膚、粘膜などの上皮性細胞からできた悪性腫瘍であり、肉腫は非上皮性の細胞から生じた悪性腫瘍である。これらの腫瘍は、前述のような、無計画的に、一方的に浸潤し、増殖し、転移するという特徴に差がないため、一般的に癌という場合には肉腫をも含めて用いられる。
 以下、本項目では広義の癌について記述することとし、臓器別の癌については、各臓器別に癌または腫瘍の語をつけた項目で立項されているので、それぞれを参照されたい。[池田茂人]

研究史


 古代エジプトのミイラのなかにも、癌死を示すものがあるように、癌の出現は人類の出現とともにあったといって差し支えない。古代ギリシアの医学者ヒポクラテスの著作のなかにカルキノスkarkinosという語があり、これは癌cancerの語源となっている。また、わが国では、華岡青洲(はなおかせいしゅう)が巌、岩、殻などの文字を乳癌にあてているが、これは、乳癌が皮膚に露出して腫瘤(しゅりゅう)が岩のようにみえることから当てはめられたものとされている。
 癌が致命的な転帰をとることは、紀元前300年ごろの古代エジプト医学において早くも知られており、当時にあっても、おでき、潰瘍(かいよう)などのいわゆる「良性の腫(は)れ物」とは明瞭(めいりょう)に区別されていた。しかしながら、癌に対する学問的研究が始められたのは17世紀における顕微鏡の発明以降であり、それによって、人体解剖学の気運とともに精細な癌の観察が行われるようになった。
 癌の研究は、1775年、イギリスの外科医であるポットPercival Pott(1714―88)が、煙突掃除人の陰嚢(いんのう)に皮膚癌ができることを観察したことによって進展した。やがて、ドイツのシュワンTheodor Schwann(1810―82)は細胞の構造を研究し、癌の発育形式が細胞の分裂、増殖によることをつきとめ、「細胞説」を確立した。これとほぼ同時期にシュワンの師であるミュラーが『病的腫瘍の種類と微細構造』を出版し、同様の細胞説を強調している。ミュラーの弟子であるウィルヒョーは『病的腫瘍』『細胞病理学』などの著書を出版して、癌病理学の基礎をつくりあげた。ウィルヒョーのリンパ節は、現在の医学者が忘れてはならない頸部(けいぶ)のリンパ節としてその名が残されている。また、ウィルヒョーは、癌腫と肉腫を組織学的に区別したことでも知られるほか、多くの癌学者を育てたことでも著名である。日本の癌研究の開祖である山極勝三郎(やまぎわかつさぶろう)、藤浪鑑(ふじなみあきら)もウィルヒョーに師事している。山極勝三郎、市川厚一は1914年(大正3)、コールタールをウサギの耳に1年以上も塗り続けることによって、世界で初めて実験腫瘍をつくりあげることに成功した。これを基礎として、イギリスのクックW. E. CookとケナウェーE. L. Kennawayは、1930年にベンゾピレン(ベンツピレン)、メチルコラントレンという発癌性炭化水素の分離に成功し、さらに1932年(昭和7)には、佐々木隆興(たかおき)と吉田富三がアゾ化合物によってラットの肝癌発生に成功した。
 このように癌の研究史は、病理学にその基本を発し、さらに、発生原因の同定には生化学的な方法論が用いられてきた。これらの研究のなかで日本の癌学者の研究が占める割合は大きい。日本での癌専門誌である『GANN』の創刊は1907年(明治40)であり、これは世界で2番目に早い専門誌となっている。また、癌研究を対象とする「癌研究会(現、がん研究会)」の創立は1908年のことである。[池田茂人]

分類


 癌の分類には、良性、悪性と発生組織に基づく分類、組織型による分類、異型の程度による分類、TNM分類(癌の進展度による分類)などがある。[立松正衛]
良性、悪性と発生組織に基づく分類
人間の体は上皮組織とこれを支持する間葉系組織(血液、血管、結合組織)より構成されている。腫瘍はこれらすべての組織から発生し、発生した組織の名前と良性と悪性を区別する命名がなされる。良性には原則として接尾語に腫をつける。上皮性の良性腫瘍は腺腫(せんしゅ)、乳頭腫などがあり、胃にできれば胃腺腫となる。間葉性の良性腫瘍は、筋肉にできれば筋腫でこれが子宮であれば子宮筋腫である。軟骨にできれば軟骨腫である。悪性腫瘍の場合は、上皮性は癌腫、間葉性は肉腫に分類される。胃壁を構成する平滑筋に発生した悪性腫瘍は胃平滑筋肉腫である。一方、胃にできた上皮性悪性腫瘍は正確には胃癌腫であるが、一般に癌腫は肉腫より発生頻度が高く、通常、胃癌といえば上皮性の胃癌腫を意味し、肉腫が発生すれば胃肉腫と区別してよばれることが多い。また癌は、癌腫ならびに肉腫も含めた悪性腫瘍の総称として用いられている。[立松正衛]
組織型による分類
癌腫はその組織像(顕微鏡所見)の正常上皮との類似性により、腺癌、扁平(へんぺい)上皮癌や移行上皮癌のように組織型分類がなされる。胃や大腸の上皮は腺上皮であり、ここに発生した癌腫の多くは腺癌である。食道は重層扁平上皮であり、扁平上皮癌が主体である。膀胱(ぼうこう)や尿管は移行上皮で、ここには移行上皮癌が発生する。[立松正衛]
異型の程度による分類
良性腫瘍細胞は発生した組織と区別がつかないほど異型は乏しい。悪性腫瘍はよく分化し正常と類似したものから完全に未分化で判別不能なものまで種々認められる。癌腫には異型度分類がよく用いられ、よく分化した腺癌は、高分化型腺癌で、細胞異型の強いものは低分化型腺癌とされる。一般に高分化型のほうが低分化型より予後が良い。組織像による分類とは別に細胞診(喀痰(かくたん)、尿や子宮塗抹(とまつ)などに含まれる細胞検査)による細胞異型に基づく分類がある。多くは5段階に分類され、1と2は正常、3は中間、4は癌の可能性あり、5は癌とされている。[立松正衛]
TNM分類
癌の進展の程度を表す臨床的分類で、T(tumor)は原発腫瘍、N(nodes)はリンパ節転移、M(metastasis)は遠隔転移(臓器転移)を表す。それぞれにつけられる数字により進展の度合いを表示し、その数が大きいほど進行しており、原則としてその患者の予後は悪くなる。この分類は国際対がん連合Union Internationale Contre le Cancer(UICC)による世界共通の国際的分類法である。TNM分類については「治療」の章でもふれているので参照されたい。[立松正衛]

癌の原因


 癌は化学物質、放射線などの発癌要因が作用し、一個の標的細胞に致死的ではない遺伝子の障害が蓄積して発生すると考えられている。したがって、発癌に至るまでには、多段階のプロセスを経て癌細胞が発生するため、一定期間が必要である。この過程に関与するおもな遺伝子は、(1)増殖を促進する癌遺伝子、(2)増殖を阻止する癌抑制遺伝子、(3)プログラム化した細胞死をコントロールするアポトーシス関連遺伝子、(4)遺伝子修復遺伝子である。
(1)の癌遺伝子は癌にのみ特別にある遺伝子ではなく、もともと正常の細胞が秩序だって増殖するためのシステムに関与する遺伝子であり、これが遺伝子の点突然変異、増幅、転座などにより暴走(活性化)し無秩序に細胞増殖を引き起こすことが、発癌の要因の一つである。増殖因子、増殖因子受容体、細胞のシグナル伝達タンパク質や核内の転写因子に関与する遺伝子がこの仲間である。
(2)の癌抑制遺伝子は、癌遺伝子が細胞増殖のアクセルとすれば、ブレーキの役目をし、ブレーキが故障すれば細胞増殖が暴走することになる。増殖阻害因子、シグナル伝達調節因子、核内転写調節因子などに関連する遺伝子がこの仲間であり、これらの遺伝子の不活性化が癌化要因である。
(3)のアポトーシス関連遺伝子についていうと、細胞の増殖が癌遺伝子や癌抑制遺伝子によって調節されているように、細胞の生存はアポトーシスを促進する因子と抑制する因子により調節されている。オタマジャクシの尾がだんだん短くなっていくのもアポトーシスの一種である。遺伝子に傷がついた細胞がアポトーシスにより消滅すれば癌化の危険を回避できる。
(4)の遺伝子修復遺伝子は、正常細胞において、放射線、日光、発癌物質などによる遺伝子損傷を修復し障害のない遺伝子を維持する。遺伝子修復遺伝子の機能が障害されれば、癌遺伝子、癌抑制遺伝子、アポトーシス関連遺伝子などの癌関連遺伝子の損傷が修復されず、発癌の危険性が高まる。実際、遺伝子修復遺伝子が先天的に障害されている色素性乾皮症の人は紫外線に当たるときわめて高い確率で皮膚癌が発症する。[立松正衛]
化学発癌物質
ヒトの癌の多くは環境中に存在する発癌物質に起因すると考えられている。発癌物質はDNAを化学的に損傷し、それ自体で遺伝子障害性化学反応を示す直接的発癌物質と、生体内で代謝を受けて初めて遺伝子障害性を獲得する発癌前駆物質に分けられる。環境中に存在する発癌物質の多くは発癌前駆物質であり、生体内で活性化を受け、初めて発癌性を示す。発癌前駆物質の代謝活性化は通常体内で異物や薬物の酸化や還元にかかわる酵素(チトクロムP‐450)や抱合酵素(硫酸転移酵素、酢酸転移酵素)により活性化される。環境中には多数の発癌物質が存在している。コールタールより分離されたベンゾピレンは単一化合物として最初に発癌性が確認された物質として有名で、多環式芳香族炭化水素の一つであり、喫煙中のタバコの燃焼により形成される。タバコの煙のなかには、ベンゾピレン以外にも多数の多環式芳香族炭化水素が含まれており、またニコチン由来のニトロソアミンや、ある種の複素環式アミンを含んでおり、ヒトの発癌に深くかかわっている。芳香族アミンおよび関連ニトロ化合物は医薬品、農薬、染料などの原料として使用されたものが多く、ベンジジンやアミノビフェニルなど職業癌の原因化合物などがある。アミノ酸やタンパクの加熱成分「お焦げ」よりみいだされた強力な発癌作用を示す含窒素芳香族異項環化合物(ヘテロサイクリックアミン)は料理の過程で生み出され、微量ながらも毎日取り続ける意味で、重要な発癌物質である。また、それぞれに発癌性がなくても、食品中に含まれる(亜)硫酸塩と2級あるいは3級アミンは胃内(酸性条件下)で反応し、発癌性のニトロサミンを生成する。このほかにもアスペルギルス(カビの一種)に含まれるアフラトキシンB1には強力な発癌作用があり、また殺虫剤、殺菌剤、抗癌剤(制癌剤)など身の回りには多数の発癌物質が存在している。[立松正衛]
放射線
紫外線、X線、放射能などは遺伝子を物理エネルギーで障害し、この障害された遺伝子を修復する過程でミスが発生し、突然変異を誘導する。原爆被曝(ひばく)者には慢性骨髄性白血病が多く、X線の開発者では、長期間の被曝の結果、皮膚癌が多く発生している。日光の紫外線も皮膚の悪性腫瘍を発生させる。[立松正衛]
ウイルス
ウイルスにはDNAウイルスとRNAウイルスがあり、感染によりウイルスの遺伝子に含まれているウイルス癌遺伝子が発現することにより発癌する場合が多い。ヒトの腫瘍でウイルスと関連が証明されているのはわずかである。ヒトT細胞性白血病ウイルス‐型はT細胞性白血病やリンパ腫に関連しており、感染後、数十年の長い潜伏期間の後、感染者のほんの一部にのみ発症する。ヒト乳頭腫ウイルスは子宮頸(けい)癌、C型肝炎ウイルスは肝癌、エプスタイン‐バーウイルスEpstein-Barr Virus(EBウイルス)はリンパ腫と関連がある。[立松正衛]

癌の特性と進展


細胞分化と異型性
腫瘍は遺伝子変異を受けた正常の細胞より発生するため、発生母地を構成する細胞によく似た特性を維持している。良性腫瘍であれば細胞分化はきわめてよく保持されている。軟骨腫であれば、正常とよく類似した軟骨細胞とこれから分泌された軟骨基質から形成されており、軟骨組織由来の判定は容易である。しかし、悪性腫瘍となると腫瘍細胞の分化は正常によく似たもの(高分化)から、どこの組織由来かほとんど判定できないもの(未分化または低分化)まで多種多様である。こうした癌細胞は正常の細胞からの形態分化と機能分化の異常としてとらえることができる。形態分化の異常では、細胞全体の形態が不均一な多形性を示し、大小不揃(ふぞろ)いとなり、未分化になるほど、その異型性が高度となる。細胞の核にも著しい変化が出現し、原則として核は大型となり形態異常を示し、核小体も大型に変化していることがある。核分裂像も多く観察され(増殖亢進(こうしん)の所見)、異常核分裂像もみられる。一方、機能分化からみると、高分化な癌ほどその発生母地細胞の機能を維持している。内分泌腺由来の腫瘍細胞はホルモン分泌能を維持している場合がある。[立松正衛]
増殖と浸潤
腫瘍は正常細胞が受けている増殖のコントロールから逸脱しており、自立性に増殖するが、良性腫瘍と悪性腫瘍ではその増殖速度に大きな相違が認められる。良性腫瘍は周囲組織を破壊することなく押し広げるように緩徐に増殖し、癌の増殖は急速で周囲組織への浸潤性・破壊性増殖を示す。浸潤性増殖は良性・悪性の鑑別のもっとも重要な基準の一つである。一方、良性腫瘍も悪性腫瘍も正常細胞がもっていた受容体の機能が一部維持されている場合は、正常細胞が受けていたコントロールに反応する。子宮筋腫の増殖は血中のエストロゲン(女性ホルモン)に影響され、妊娠中は良性でも急速に大きくなるが、閉経後は退縮を示す。乳癌はエストロゲンにより、また前立腺癌ではアンドロゲン(男性ホルモン)により増殖が刺激されるものがある。より未分化となると、これらの癌細胞のホルモンの受容体が形成されず、ホルモン非依存性癌となり、一般により悪性である。[立松正衛]
転移
転移とは原発巣から遊離した癌細胞が不連続にほかの場所に生着することで、転移性は癌の悪性度を示すもっとも高い指標である。転移様式には三つの主経路がある。
(1)体腔での播種(はしゅ)性転移 胃癌などが浸潤性に増殖し胃壁を破り遊離した癌細胞が腹腔を覆う腹膜上に転移巣を形成する。転移巣が多発し進行すれば癌性腹膜炎とよばれ予後不良である。肺癌も同様に胸腔内で播種性転移を示す。
(2)リンパ行性転移 多くの臓器にはリンパ管があり、癌細胞がこのリンパ管内に浸潤し、リンパの流れに乗りリンパ節まで到達しここで転移巣を形成する。したがって最初にリンパ節転移がみいだされるのは癌の発生した臓器の所属リンパ節である。順次、遠隔のリンパ節へと転移する。リンパ管には複雑な吻合(ふんごう)があり、予期しない遠隔リンパ節に転移することもある。
(3)血行性転移 癌細胞が血管内に浸潤し、血流に乗り遠隔臓器に転移巣を形成することである。静脈に浸潤することが多く、多くの臓器では、癌細胞は所属静脈、大静脈、心臓を経て最初の毛細血管網である肺で止められ、転移巣を形成する。一方、胃などの静脈血は門脈に集まり肝臓に流れるため、最初の毛細血管網が肝臓であり、ここで癌細胞は止められ、肝臓に最初の転移巣を形成する。したがって肺、肝臓は血行転移のもっとも多い臓器である。癌の種類により転移先の臓器分布が異なる。たとえば、前立腺癌は骨に、肺癌は脳に、ほかの癌が転移するより高頻度で転移巣がみいだされる。[立松正衛]
イニシエーション・プロモーション・プログレッション
癌は1個の細胞から発生し単クローン性の増殖を示すと考えられている。この1個の細胞に発癌に至る不可逆性の遺伝子変異が誘導されることがイニシエーションである。この細胞が増殖し腫瘍として認知されるまでには10億個以上の細胞に増殖しており、この腫瘍に至る過程はプロモーションとよばれている。腫瘍は時間の経過とともに腫瘍を構成する細胞に新たな遺伝子変異が加わり、より悪性の性質(浸潤性、転移性など)をもつようになり、この過程をプログレッションとよんでいる。したがって、発生は1個の細胞であったが、プログレッションの過程で細胞により異なる遺伝子異常が発生し、結果的にいろいろな特性をもつ癌細胞により構成されることになる。転移性の癌細胞の出現や、抗癌剤に抵抗性の癌細胞の出現もプログレッションにおける現象に含まれる。[立松正衛]
腫瘍細胞による血管新生
腫瘍細胞の増殖能力以外に腫瘍の発育を規制するもっとも重要な要因が血液供給である。血管による血液供給がなければ拡散による酸素や栄養補給となり、補給できる範囲が限定され、腫瘍は大きく成長できない。大きな腫瘍の中心部が壊死(えし)に陥っていることはしばしば観察されるが、その主因は血液の供給不足である。腫瘍細胞は血管新生因子を分泌し、宿主から血管新生を誘導し自身の栄養補給を行い発育・進展する。新生された血管は正常の宿主の血管由来であり、腫瘍細胞ではない。また新生された血管内皮細胞より増殖因子が分泌されるため、腫瘍にとって血管新生は、栄養補給と増殖刺激の二重の効果がある。[立松正衛]

癌の症状


 癌の症状は発生する臓器の解剖的位置や機能により特徴がある。たとえば、食道癌ならつかえ感、肺癌なら血痰(けったん)、胆管癌なら黄疸(おうだん)などである。しかし、癌はどこの臓器でも「しこり(腫瘤)」をつくり、周りの臓器を圧迫したり、表面が崩れて出血を起こすので「しこりを触る」「痛い」「出血する」「熱が出る」などの症状はほとんどの癌に共通する。
 一般的には、癌の発生初期は症状が現れることはない。「症状が現れたとき」が「癌ができたとき」ではなく、「症状がない」ことは「癌はない」ことではない。癌の症状は癌が成長し、臓器の機能に影響を与えて初めて出現する。早期の癌で症状が現れるのはなんらかの合併症のためであり、幸運な場合である。症状の程度は癌の進行度をかならずしも反映しない。すなわち、同じ程度の腹痛でも早期胃癌の場合もあるし、進行した膵臓(すいぞう)癌の場合もある。肝臓のように予備能力の大きい臓器では癌の早期はもちろん、相当進行しても症状がなく、末期になって初めて腹水、黄疸などの症状を示す。症状がなくとも定期的な検診やドック検査を受けることの意義がここにある。
 次に癌の一般的な症状とおもな癌の症状について解説するが、前にも述べたように進行した癌の場合が多いことに留意されたい。[大橋計彦]
しこり(腫瘤)
癌は成長すると硬いしこり(腫瘤)となる。乳癌や首のリンパ節転移など体表に近い部位では自分の手で触れることができる。進行した胃癌、大腸癌、肝癌、膵臓癌はおなかのしこりとして触れることがある。良性の腫瘍と違い、癌のしこりは硬く、動きが悪いのが特徴である。超音波やCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴映像法)で検査すると体表から触らないしこりを見つけることができる。胃や大腸ではしこりが増大すると食物の通過が悪くなり、吐き気や嘔吐(おうと)などの狭窄(きょうさく)症状が現れる。[大橋計彦]
痛み(疼痛)
痛み(疼痛(とうつう))は癌を代表する症状である。癌の初期では痛みはないが、増大、浸潤、転移を起こすと周囲の臓器や神経を圧迫して痛みを生じる。痛みの程度はさまざまであるが、膵臓癌や骨転移では激痛でモルヒネによる鎮痛が必要である。例外的なのは胃癌で、たとえ早期癌であっても、癌部の粘膜は弱いため、しばしば消化性潰瘍(胃潰瘍)を起こし、痛みが出る。潰瘍の治療をすると痛みは消失するが、癌がなくなったわけではない。胃潰瘍になったら、かならず内視鏡検査を勧めるのはこのためである。[大橋計彦]
出血
癌は血管が増生することが特徴で、部位に関係なく出血はしばしば起こる症状である。出血部位により症状も異なってくる。消化管(食道、胃、大腸)は吐血、下血などの消化管出血、肺癌では血痰または喀血、腎臓(じんぞう)・膀胱は血尿、子宮は性器出血、乳腺は出血乳房の所見がある。血尿や血便はかならずしも目で見てわかる出血ばかりではなく、顕微鏡や潜血反応で初めて出血とわかる場合がある。大腸癌検診ではまず便の潜血を検査することで癌の有無を大まかに調べている。そのため出血しない大腸癌は検便では発見できない。[大橋計彦]
おもな癌の症状

(1)皮膚癌 黒色斑、皮膚の潰瘍
(2)喉頭(こうとう)癌 嗄声(させい)(かすれ声)
(3)甲状腺癌 甲状腺の腫大
(4)肺癌 咳、血痰
(5)乳癌 しこり、出血乳房
(6)食道癌 つかえ感
(7)胃癌 心窩(しんか)部痛、食欲不振
(8)肝癌 全身倦怠(けんたい)、黄疸
(9)膵臓癌 心窩部痛、黄疸
(10)大腸癌 血便、便通異常
(11)子宮癌 不正性器出血
(12)腎臓癌・膀胱癌 血尿
(13)前立腺癌 残尿感
(14)白血病 貧血、発熱
(15)脳腫瘍 吐気、めまい、頭痛[大橋計彦]

診断・検査方法


 癌の診断にはさまざまな意味がある。検診や診療所で癌を発見するための検査から、入院して手術、放射線や抗癌剤による治療をするための検査まで数多くの検査がある。同じ検査でも目的により視点が違う。たとえば、胃内視鏡検査は胃癌の発見のために行う場合のほか、手術の前に切除する範囲を決めたり、手術で残す胃に病気があるかどうかを調べるためにも行う。
 患者の立場からすると、検査はなるべく少ないのが望ましいが、癌の発見、治療法の決定、治療の効果判定や経過観察のためには、病変の状態を知る必要最低限の検査は不可欠である。
 癌の診断には目的により
(1)癌があるかどうかの診断(存在診断)
(2)癌であるのか、ほかの病気であるのかの診断(鑑別診断、確定診断)
(3)癌の広がりの診断(進展度診断)
(4)治療効果の判定や経過観察のための診断(効果判定)
の四つに分けられる。[大橋計彦]
存在診断
癌の診断の第一歩は検査を受けた人の体に癌があるかどうか調べることである。検査の方法は臓器により違うが、多くは検診で用いられている方法で、簡単で、患者の負担が少なく、効率よく発見できるのが望ましい方法である。いちばん簡単なのは乳腺や腹部を手で触診することである。触診で届かない部分では、食道、胃はバリウム検査、血液のペプシノーゲン(胃液原素)を用い、大腸では便の潜血、肺では胸部レントゲン、痰の細胞診、子宮頸部は膣(ちつ)の細胞診、肝臓や前立腺では血液の腫瘍マーカー(癌の存在の可能性を示す物質)、超音波検査などである。
 腫瘍マーカーは正常細胞でもつくられるが、癌細胞ではとくに多くつくられる物質で、尿や血液で調べることができる。代表的なものは、原発性肝癌のAFP(アルファフェトプロテインα‐fetoprotein、胎児性タンパク)とPIVKA‐(ピブカツー)(protein induced in vitamin K absence、ビタミンKが欠乏しているときにできる異常タンパク)、大腸癌のCEA(carcinoembryonic antigen、癌胎児性抗原)、膵臓癌のCA-19-9(carbohydrate antigen-19-9、糖鎖抗原)、前立腺癌のPSA(prostate specific antigen、前立腺特異抗原)などである。腫瘍マーカーの高くならない癌も数多くある。また、癌の早期には上昇しないことが多く、腫瘍マーカーが正常であるから癌ではないと断言はできない。
 腫瘍マーカーが高い場合には、かならずしも癌であるとは限らないが、癌を疑って検査をし、癌が発見できない場合には経過観察をする必要がある。実際に検診などで腫瘍マーカーにより発見される癌の例がしばしばみられる。しかしながら、膵臓癌のように簡単に発見する方法がいまだにみつかっていない癌もある。[大橋計彦]
鑑別診断・確定診断
症状がある、しこりを触れる、レントゲンで影がある、腫瘍マーカーが高いなどの場合には癌を疑うが、癌以外の病気でも同じような所見を呈する。したがって、本当に癌であるか、ほかの病気であるかを診断しなければならない。癌をもっとも確実に診断する方法は、疑われる臓器から癌細胞を見つけることである。そのために目的の臓器を超音波、CT、内視鏡で観察しながら細胞や組織を採取する検査が生検(バイオプシーbiopsy)である。採取した検体を病理医が顕微鏡で見て、癌細胞があれば癌の診断は確実であるが、癌細胞が見つからないときは、かならずしも癌を否定することにはならない。癌の部分から組織がとれていなかったり、病理医が癌細胞と断定できない場合があるからで、生検を繰り返し行う必要がある。ほとんどの癌は生検や細胞診により確定診断ができるが、膵臓癌、肝臓癌、胆道癌では体の深部にあるため癌細胞の採取ができない場合がある。そのときは超音波、CT、血管造影などの画像診断により確定診断をしなければならないことがある。画像診断には限界があり、どこの臓器でも1センチメートル以下で癌を診断することは困難である。病変が小さく、かつ生検で癌の確信が得られないときには、最終的には手術で確かめなければならないこともある。[大橋計彦]
進展度診断
癌の確定診断ができたら、次に癌の広がりを診断し、広がりの程度により治療方針を決める。各臓器で違うが、胃癌を例にとると、胃癌の深さや範囲をバリウム精密検査、内視鏡、色素内視鏡、超音波内視鏡で診断する。その他、リンパ腺転移、肝転移は腹部CT、超音波により、肺転移は胸部レントゲンとCTで、骨転移はシンチグラム(シンチカメラにより得られた画像)により検査をする。その結果、癌が粘膜内に留まっている粘膜内癌なら内視鏡切除の適応を検討するが、それ以外は手術による切除が原則である。
 一つの癌が発見されたときには、同時に同じ臓器またはほかの臓器に癌があることもまれではない。胃癌では約10%に胃の中の別の部位に癌が見つかる。したがって手術の場合は残す胃に別の癌があるかどうかを診断することも大切である。
 肝臓や肺への転移、広い範囲のリンパ腺転移、癌による腹水があれば、手術により癌をすべて取り去ることはできないため、抗癌剤による治療が選択される。
 治療法の決定には癌の広がりのほかに、全身の機能、とくに心・肺機能、腎機能、肝機能検査も参考にする。いくら癌が小さくても心臓や肺の働きが悪くては手術はできない。[大橋計彦]
効果判定
癌の治療、とくに化学療法や放射線療法を行っているときには、超音波やCTにより腫瘍やリンパ腺の大きさ、腫瘍マーカー、血液中の腫瘍細胞数を検査しながら治療効果を判定する。治療効果がないときには、治療法を変更したり、薬の種類を変える。
 癌の治療が終ったあとも定期的に検査して、再発や転移を早期に発見し、新しい事態に対しての治療を行う。癌の治療成績が向上してきており、1回目の癌が治癒したあとで、2回目、3回目の癌が発見される例が増加している。一度癌にかかった人は癌にかかりやすい体質をもっている可能性があり、癌の治療成績が向上して治療後長く生きるようになったためと考えられる。たとえば、頭頸部の癌に罹患(りかん)した人は、通常より食道癌や胃癌にかかりやすいので、毎年内視鏡で観察が必要である。B型、C型肝炎を基にした原発性肝癌や大腸癌では、治療後、別の部位に新しい癌ができることが多く、超音波、CT、内視鏡で定期的に経過観察が必要で、早く発見すればそれだけ治療成績はよくなる。
 医学は進歩したとはいえ、一つの検査で癌の状態を診断し、治療方針まで決められるような優れた検査法はない。癌の診断は多方面から行うことが必要で、得られる情報はそれぞれ異なっている。癌を早期に発見し、癌と確定し、進行状況を把握し、的確な治療方針を決めることは、いくつかの検査を組み合わせることにより初めて可能になる。
 癌の発生原因に迫る遺伝子診断をはじめ、診断の方法は増加し、精度も高くなっている。必要最低限の検査で、より多くの情報を集め、患者の負担を少なくし、治療成績の向上を目ざすのが現代医学の目標である。[大橋計彦]

治療


 癌の治療方法は診断時の癌の広がりにより、局所療法と全身療法のいずれかが選択される。癌が局在している場合には、局所療法である手術療法または放射線療法が選択される。一方、全身化している場合は全身療法である化学療法が優先する。
 肺癌、胃癌などを固形癌とよんでいるが、この固形癌の癌の広がりは病期分類によって規定される。「分類」の章でも述べたように、病期分類はUICC(国際対がん連合)によって開発されたTNM分類が共通の国際的分類方法となっている。これは原発腫瘍(T)、リンパ節(N)、遠隔転移(M)の三つの因子を組み合わせて病期からまで分類する。最初にUICCの分類が規定されたのは乳癌であるため、それにより概略を説明すると、病期は癌の大きさが2センチメートル以下で、リンパ節転移なし(N0)、遠隔転移なし(M0)をさし、病期は、癌が小さいものから5.1センチメートル以上あっても腋窩(えきか)(わきの下)リンパ節転移のみである(N1)の状態であるとき、病期は腋窩リンパ節と胸骨傍リンパ節転移があり、そして病期は肺、骨などへの遠隔転移ありをさしている。肺癌、胃癌など臓器によりこの分類方法は異なっているが、基本的には、病期は、癌は小さく局在してリンパ節の転移がない状態、病期は癌は局在しているがリンパ節転移があり、病期はかなり広範囲のリンパ節転移と周囲の組織への浸潤があり、病期は、癌は進行してほかの臓器への転移がある場合をさしている。この病期は前章での種々の診断・検査方法により決定され、それにより治療計画がたてられる。病期では手術療法が選択される。そして手術後の再発防止のための術後補助療法は、多くの癌では必要ないと考えられる。しかし再発の高危険群と判断されるときは行われる場合がある。病期では手術療法を行い、その後再発防止のための化学療法などの術後補助療法が行われ、治癒率の向上に貢献している。病期では手術後の補助療法は不可欠であり、癌によっては手術前に化学療法を行って治癒率を向上する治療計画がたてられる。病期の場合は、手術は症状緩和の目的で行われることがあるが、多くは化学療法が最優先である。
 造血器腫瘍である急性白血病、慢性白血病、多発性骨髄腫などは、発病時にすでに全身化しているため、全身療法である化学療法が第一選択である。悪性リンパ腫(ホジキン病、非ホジキンリンパ腫)では病期により治療法が異なる。病巣の範囲が1か所または横隔膜の上下に限定している病期では、放射線療法が主であり、再発の危険性の高いときは化学療法を加えるが、とくに病期では化学療法を優先する場合がある。病巣が広範囲に広がった病期では化学療法が治療の主役である。[小川一誠]
手術療法
手術療法は、局在する全癌病巣を切除する治療法である。切除方法により以下のように分類される。[小川一誠]
内視鏡下切除
内視鏡下切除は、癌が局在し、リンパ節転移がなく、表在性で深部への浸潤がなく、小さい病巣であることが条件である。これらを満足している早期食道癌、早期胃癌、早期大腸癌が適応となる。隆起性の病変(ポリープなど)では内視鏡的ポリペクトミー(ポリープ切除)を行い、平坦(へいたん)または陥没型の病変には内視鏡的粘膜切除術Endoscopic Mucosal Resection(EMR)を行う。[小川一誠]
腹腔鏡下手術
腹腔鏡下手術は、腹腔内に空気を入れて、小さな切開創より腹腔鏡とトロッカーを入れ、腸管を剥離(はくり)し、体外に腸管を露出して病巣を切除し、腸管を吻合(ふんごう)後に腹腔内へ戻す方法であり、主として大腸癌で行われている。内視鏡的切除が不可能な早期癌が適応となる。長所は、小さな手術創のため手術後の疼痛も少なく、運動制限も軽度で社会復帰が早く、美容上も優れていることである。短所は、手術時間が一般的に長くなること、および手術手技も困難なことである。よって実施可能な施設がいまだ限られている。[小川一誠]
外科療法
外科療法は、早期癌(病期)、中期癌(病期)を対象として、原発巣と周囲の転移巣(リンパ節など)を切除する方法である。肺では開胸を、腹腔内の癌では開腹して行う。肉眼的に癌病巣のすべてを切除したと判断した場合は、肉眼的治癒手術curative operation、そうでない場合を肉眼的非治癒手術non-curative operationという。さらに手術して摘出した手術断端、リンパ節などを組織学的に検索して、遠隔転移がなく、全癌病巣が切除した組織内に含まれ、切除断端にも癌浸潤が組織学的に証明されない場合を絶対治癒手術、そうでない場合を非治癒手術とよんでいる。手術の方法としては拡大手術と縮小手術がある。拡大手術は、可能な限り癌が浸潤していると判断される組織を広範囲に切除して治癒率を高めようとするもので、おもに腹腔内臓器の癌(胃癌、膵臓癌、大腸癌など)で行われる。一方、縮小手術は、たとえば乳癌で乳房を全摘するのではなく、腫瘤縁から一定の距離を置いて乳腺組織を切除する乳房温存手術に代表されるように、機能を温存し、美容上も優れている。乳癌の場合は病巣自体が全身病としての性格を有し、放射線療法、化学療法、内分泌療法と種々の治療法が奏効することもその一因である。乳癌の縮小手術後に化学療法を加えることで、従来の乳房切断術と予後が変わらないとする証拠は、おもにアメリカにおける大きな比較試験の結果より得られている。[小川一誠]
放射線療法
放射線治療に用いられるX線、γ(ガンマ)線、電子線などの放射線をまとめて、電離放射線とよぶ。これら放射線は電離作用によって細胞に傷害を与えるため、癌の治療に応用されている。細胞へのおもな傷害作用は、放射線が細胞のデオキシリボ核酸(DNA)を直接損傷する直接作用と、おもな細胞構成成分である水分子(H2O)に作用し、発生したOH基がDNAに障害を与える間接作用がある。高LET(Linear Energy Transfer)放射線である速中性子、負π(パイ)中間子、重粒子では直接作用が主体であり、低LET放射線のX線、γ線では間接作用が重要である。この細胞傷害作用は、癌細胞のみに特異的ではなく、正常細胞にも同時に作用する。細胞周期では分裂後休止期(G1期)、分裂前休止期(G2期)、分裂期(M期)で放射線感受性は高く、G1前期、DNA合成期(S期)では感受性は低い。放射線の感受性と密接に関係しているのは細胞の酸素分圧であり、酸素分圧が上昇するにつれて感受性は増大し、一方、低酸素分圧では感受性は低い。癌組織の中心部分は低酸素状態となることが多く、これが放射線の有効性の障害となっている。これを克服するため、低酸素細胞増感剤が研究されている。抗癌剤と併用すると放射線の有効性が増大することも知られている。放射線の増感作用が認められている抗癌剤には、5‐フルオロウラシル(5‐FU)、シスプラチン、アクチノマイシンD、ブレオマイシン、シクロホスファミド、ドキソルビシンなどがある。
 放射線療法は、体の外側より体内の病巣へ照射する外照射治療と、病巣の内部または周辺から直接小線源を入れて、内部より照射する小線源治療に大別される。
 コバルト60治療装置(テレコバルト装置)は、半減期5.27年のコバルト60を線源として放出されるγ線を利用する。治療装置は、50~80センチメートルの距離から患者の体の回りを360度回転しながら照射する。放射線治療装置としては重要であるが、放射線核種の運搬規則が厳しくなったこと、線源交換の費用が高価であることなどにより、しだいにリニア・アクセレレーター(直線加速装置、ライナックまたはリニアックともいう)にその地位を譲りつつある。リニア・アクセレレーターは約3~10ギガヘルツのマイクロ波を用いて電子を直線的に加速する装置である。医療用には4~20メガボルトのものが一般的であり、2メガボルトごとにエネルギーを選択可能な装置である。現在もっとも多く使用されている放射線治療装置であり、多くの固形癌(頭頸癌、肺癌、食道癌、子宮頸癌など)と悪性リンパ腫への治療に用いられている。ベータトロンは、磁束の変化による電場を利用して電子を加速する装置である。高エネルギーのX線、電子線を得るのに適した装置であるが、低エネルギーでは十分な線量率を得るのは困難で、電子線治療により適している。このため、皮膚癌などの比較的浅い部分の病巣に用いられている。遠隔制御型密封小線源治療装置は、限局した病巣に対して、短期間に大線量を照射可能であり、外照射と比較して周囲の正常組織への損傷も軽度である。欠点としては、患者を隔離して治療する病室が必要なこと、医療従事者への被曝があげられる。おもな適応は舌癌、食道癌、子宮頸癌と外照射後に残存する病巣に対して用いられる。また1950年代より始められ注目されているのが高LET放射線治療であり、日本では陽子線治療と重粒子線による治療が研究されている。その特徴としては、病巣に限局して高エネルギーの放射線を集中可能であること、低酸素細胞にも有効なことなどがあげられる。従来の放射線治療では困難な、中枢神経の近傍に発生した悪性腫瘍、眼の脉絡(みゃくらく)膜の悪性黒色腫には、アメリカで好成績が報告されており、深部臓器の癌に対しても期待が大きい。[小川一誠]
温熱療法(加温療法)
細胞を加温すると、温度と加温時間に依存して致死効果が増大する。その効果は42.5℃を境にして致死効果が大きくなる。よって臨床では42℃以上の加温を行う。加温するのは局所加温と全身加温に分けられるが、現在普及しているのは局所加温である。外部から加温する場合に用いられる加温装置は、癌病巣の皮膚よりの深さによって異なる。表在性腫瘍には使いやすさ、確実性からマイクロ波加温装置が用いられる。深部の腫瘍に対しては、RF(radiofrequency)誘電加温装置、APAS(annular phased array system)、そして欧米では超音波加温も行われている。また癌によっては、温熱療法(加温療法)単独での治療、温熱療法と、放射線療法または化学療法との併用が選択されている。[小川一誠]
レーザー療法
高出力レーザーで腫瘍を焼き切る腫瘍焼灼(しょうしゃく)法と、低出力レーザーと光感受性物質(フォトフリン)を組み合わせて行うレーザー光化学治療の二つの方法がある。前者のレーザーの熱エネルギーを利用する方法には、ヤグYAGレーザー、アルゴンレーザー、タイオードレーザー、炭酸ガスレーザーが用いられる。実際には内視鏡と併用して、内視鏡の管を通して導いたレーザー光線を、内視鏡で腫瘍の部位を確認しながら照射する。対象となるのは肺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、膀胱癌、子宮頸癌の早期癌である。一方、進行癌でも食道癌で狭窄(きょうさく)をおこしている部位を除去する場合などに用いられる。後者のレーザー光化学治療は、光感受性物質を静脈内に投与すると正常組織では速やかに排泄されるが、腫瘍部位では48~72時間後にも停滞している。この時間内に光感受性物質に吸収される波長のレーザー光線を照射し、光線力学反応をおこして、癌細胞を死滅させる。使われるレーザー機器は、アルゴンレーザー、エキシマレーザーであり、対象となる癌は多いが、保険適応となっているのは、肺癌、食道癌、子宮頸癌の早期癌である。[小川一誠]
化学療法
抗癌剤を用いて治療する方法を化学療法とよんでいる。抗癌剤は静脈注射、経口(内服)などで投与され、血液により全身へと運ばれて、全身の癌病巣を攻撃・破壊する。よって、全身のあらゆる部位にある癌病巣を破壊することが可能であり、全身療法である。発病時にすでに全身化している白血病、悪性リンパ腫などの造血器腫瘍、癌が全身的に転移している進行癌などに対しての最適の治療法である。しかし、現存の抗癌剤は癌細胞のみを選択的に破壊するのではなく、同時に正常組織・細胞に損傷を与えるため、副作用は不可避である。よって、化学療法は有効性のみでなく、副作用を熟知し、それに対する対策を十分にたてて行わなくてはならない。[小川一誠]
抗癌剤の生いたち
抗癌剤は化学合成、植物成分、細菌の培養液などから発見される。前臨床研究では作用機序、有効性、毒性、薬理動態などが動物実験され、その成績を総合的に検討して、ヒトの癌に対しての十分な有効性を示す可能性があり、毒性が耐容可能であると判断されると臨床研究に入る。ヒトへの研究の第一段階は第1相研究とよばれ、急性毒性が研究され、発現した毒性のなかで投与量が増加するにつれてしだいに高度となる投与量規制毒性Dose Limiting Toxicity(DLT)が決定される。このDLTからヒトでの最大耐量Maximum Tolerated Dose(MTD)が決定され、次の段階である第2相研究への至適投与量が決定される。第1相研究では薬剤の血中濃度が研究され、そして有効性が研究される。第1相研究は、主として毒性の研究であるが、患者は有効性に大きな期待をもっている。そして、この段階で認められた有効性は、第2相研究の対象とする癌種の選定に重要なヒントを与える。
 第2相研究は至適投与量を投与し、種々の癌でおもに有効性が研究される。そして第1相研究で認めた毒性を再確認し、その安全性を研究する。この段階で新抗癌剤の有用性の評価は確立する。新抗癌剤がすでに市販されている薬剤(母化合物)の類縁化合物(アナログ)の場合は、母化合物との比較研究が必要である。比較研究は、母化合物とアナログとの単剤での比較研究、あるいは双方ともに併用療法に組み入れられての比較研究が行われ、有効性、毒性が比較される。第2相研究で、十分な症例数により、単剤での有効率が20%以上で、毒性が耐容可能で治療可能と判断された場合に、またアナログの場合は、母化合物より有用と判断された場合に、市販される。現存の抗癌剤の場合、単剤での有効率はさほど高くない。よって、2~3剤と組み合わせての併用療法の第2相研究が行われる。第3相研究は、従来の標準的併用療法と新しい併用療法の比較研究であり、通常は多くの症例を必要とする大規模な研究である。その結果により新しい標準的併用療法が確立される。このような研究結果より、最良の治療法を選択することをEBM(根拠に基づく医療Evidence Based Medicine)とよんでいる。以下に、市販されているおもな抗癌剤を記述する。なお詳細は各部位別癌種名の項を参照されたい。[小川一誠]
アルキル化剤
化学合成されたナイトロジェンマスタードが最初の抗癌剤であり、1942年にアメリカで、放射線療法が無効の悪性リンパ腫例に対して効果が認められたのが、化学療法成功の第1例目である。アルキル化剤は1950~60年代に多く開発され現在も広く使用されている。おもな薬剤にはチオテパ、ブスルファン、L‐フェニールアラニンマスタード、シクロホスファミド(CPM)などがあリ、ニトロソウレアに属するニムスチン、ラニムスチンも同様な作用機序で作用する。これら薬剤はDNA鎖と架橋反応をし、DNAの複製およびリボ核酸(RNA)の転写を阻害する作用を示す。細胞周期への作用は非特異的に作用し、一般的に抗癌剤が作用しにくいG1期の細胞にも働く特徴を有している。殺細胞様式は、投与量と抗腫瘍効果が直線的な相関を示すため、用量依存性であり、このため高用量化学療法に適している。[小川一誠]
代謝拮抗剤
代謝拮抗剤は、核酸代謝またはDNA複製に必要な基質や酵素に似た構造のため、細胞内に取り込まれる。その後に、細胞内の種々の活性酵素の働きにより、活性物質に変化して最終的に細胞のDNAまたはRNA合成を阻害する。細胞周期では、DNA合成期にある細胞におもに作用する。代謝拮抗剤に属する代表的な薬剤には、5‐フルオロウラシル(5‐FU)があり、テガフール、ドキシフルリジン、TS1、カペシタビンと多くのアナログが開発された。5‐FU系統の薬剤は胃腸癌の治療に重要な薬剤である。シタラビン(Ara‐C)は急性骨髄性白血病の治療に不可欠の薬剤であり、メソトレキセート(MTX)は骨軟部肉腫などに有効である。[小川一誠]
抗癌性抗生物質
細菌の培養液からは、抗菌作用をもつ抗生物質と、抗腫瘍性を有する薬剤双方が発見されている。後者を抗癌性抗生物質とよんでいる。作用機序は各薬剤により異なるが、多くはDNAと結合して、DNA合成を阻害する。日本からは、マイトマイシン(MMC)、ブレオマイシン(BLM)と優れた薬剤が開発されている。MMCは胃腸癌に、BLMは睾丸(こうがん)腫瘍、悪性リンパ腫などに多用される。アンソラサイクリンに属するダウノルビシン、そのアナログのイダルビシンは急性骨髄性白血病にAra‐Cと併用して寛解導入療法に投与される。ドキソルビシンは悪性リンパ腫、乳癌、骨軟部肉腫の治療に第一選択で用いられている。[小川一誠]
植物由来の抗癌剤
植物の葉・樹皮などから、種々の新規構造を有する植物アルカロイドが発見されている。ビンカアルカロイドであるビンクリスチン(VCR)、ビンブラスチン(VLB)は、微小管と結合してその機能を阻害し、細胞分裂中期で分裂を停止させて殺細胞作用を示す。VCRは急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫治療に不可欠の薬剤であり、VLBは睾丸腫瘍、膀胱癌などの治療に重要である。ポドフィロトキシンに属するエトポシドも同様な作用機序で肺癌、睾丸腫瘍、悪性リンパ腫の治療に重要な薬剤である。日本で開発されたイリノテカン(CPT)は、DNAの高次構造に関係する酵素であるトポイソメラーゼを阻害する。CPTは大腸癌に第一選択の薬剤であり、胃癌、小細胞肺癌、婦人科癌などに有効である。タキサン系統の薬剤(タキソール、タキソテア)は微小管と結合して非常に安定した微小管を形成することにより、細胞分裂を阻害する。卵巣癌、非小細胞肺癌、乳癌、胃癌などに有効である。[小川一誠]
その他の抗癌剤
前記のいずれにも属さない抗癌剤であり、各々の薬剤は特異的な作用機序を有している。癌細胞が必要としているアスパラギン酸を分解して増殖を不可能とするL‐アスパラギナーゼは、小児急性白血病に有用である。アルキル化剤に類似してDNA、RNA、タンパク合成を阻害するプロカルバジンはホジキン病の治療に用いられる。プリン、RNA、タンパク合成を阻害するダカルバジンは、ホジキン病、軟部肉腫、悪性黒色腫の治療に重要な薬剤である。シスプラチンは重金属の白金の錯塩であり、DNA鎖と結合してDNA合成を阻害する。頭頚癌、肺癌、食道癌、胃癌、睾丸腫瘍、膀胱癌、婦人科癌などに幅広い有効性を示し、現在の抗癌剤中でもっとも重要な薬剤である。アナログにカルボプラチン、ネダプラチンがある。[小川一誠]
分子標的薬
増殖因子受容体チロシンキナーゼ、原因遺伝子チロシンキナーゼ、血管新生などを標的とするMolecular targeted drug(分子標的薬)が開発され、実用化されている。現在の剤型は抗モノクローナル抗体と小分子化合物である。「リツキサン」(一般名リツキシマブ)はCD20抗原に対する抗モノクローナル抗体であり、CD20陽性の非ホジキンリンパ腫に対して投与される。「ハーセプチン」(一般名トラスツズマブ)はHER2(ハーツー)に対する抗モノクローナル抗体であり、HER2発現の乳癌に対して投与される。「グリベック」(一般名メシル酸イマチニブ)は慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるbcr/ablおよびKITチロシンキナーゼを阻害する小分子化合物であり、慢性骨髄性白血病、消化管間質腫瘍に高い有効性を示す。「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)は上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼを阻害する小分子化合物であり、手術不能または再発の非小細胞肺癌に認可されている。「タルセバ」(一般名エルロチニブ)も上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤であるが、欧米の比較研究で前治療無効または耐性の非小細胞肺癌で偽薬と比較して、統計学的有意差の生存期間延長効果が認められた。「アバスチン」(一般名ベバシズマブ)は癌の血管新生に関係する血管内皮増殖因子を阻害する抗モノクローナル抗体であり、治癒切除不能な進行結腸・直腸癌に認可されている。プロテアゾーム阻害剤の「ベルケイド」(一般名ボルテゾミブ)が多発性骨髄腫に有効であり、血管内皮増殖因子受容体および血小板由来増殖因子受容体チロシンキナーゼなどの阻害剤の「ネクサバール」(一般名ソラフェニブ)、「スーテント」(一般名スニチニブリンゴ酸塩)が腎臓癌に認可されている。[小川一誠]
内分泌療法
ホルモン産生細胞からホルモンが分泌され、標的細胞に作用して増殖、分化、代謝の調節を行う。このホルモンに依存して増殖する癌があり、代表的なのは乳癌、前立腺癌である。内分泌療法には、ホルモンを産生する器官を外科的に除去する外科的内分泌療法(両側卵巣摘出術、両側副腎摘出術など)と、ホルモン拮抗作用を有する内分泌療法剤を用いて行う治療法に二大別される。ここでは薬剤を用いて治療する内分泌療法につき記述する。[小川一誠]
乳癌の内分泌療法
乳癌の発生と増殖に、女性ホルモン(エストロゲン)が重要な役割を果たしている。このエストロゲンは、エストロゲン受容体(ER)を介して作用するが、このERとエストロゲンの結合を阻害する薬剤を、抗エストロゲン剤とよんでいる。乳癌の60%はER陽性であり、抗エストロゲン剤に感受性があると考えられる。タモキシフェンは代表的な抗エストロゲン剤であり、進行再発乳癌で20~30%の奏効率を示す。手術後の再発を予防する補助内分泌療法にも投与され、生存率向上に貢献している。そして乳癌発生の高危険群に対して、化学予防の薬剤としてもアメリカで承認されている。脂肪組織にあるアロマターゼがエストロゲンに変換するのを阻害するアロマターゼ阻害剤として、ファドロゾール、アナストロゾールなどがあり、閉経後乳癌への治療薬として認可されている。[小川一誠]
前立腺癌の内分泌療法
前立腺癌は、前立腺上皮細胞が癌化したものであり、発生機序の詳細は不明であるが、男性ホルモン(アンドロゲン)が癌の発生、増殖に関与していることは明らかである。このためアンドロゲンの作用を阻害する目的で抗アンドロゲン剤が投与される。抗アンドロゲン剤には、女性ホルモン剤の合成エストロゲン剤(ホンバン)、非ステロイド性抗アンドロゲン剤(オダイン、ビカルタミド)、と脳下垂体のLHRH受容体に作用するLHRH作動薬(リュウプリン、ゴセレリン)がある。[小川一誠]
免疫療法
免疫療法とは、癌細胞を体内のリンパ球、マクロファージなどの免疫担当細胞により、攻撃・破壊する方法である。1960年代からは、細菌、細菌の菌体成分、植物多糖体などを用いての非特異的免疫療法が行われ、70年代からは、インターフェロン、インターロイキンなど、80年代からは、抗モノクローナル抗体、癌ワクチンなどが研究されている。慢性骨髄性白血病、腎臓癌へのインターフェロン、前記の乳癌へのハーセプチン、悪性リンパ腫へのリタキサンなどが該当する。[小川一誠]
集学的治療
集学的治療とはMultidiciplinaryの訳であり、複合療法ともよばれる。癌の治療法には、局所療法の手術または放射線療法と、全身療法である化学療法、内分泌療法、免疫療法がある。この局所療法と全身療法を組み合わせるのを集学的治療とよんでいる。集学的治療の最初の成功例は1966年に報告された小児ウィルムス腫瘍であり、手術、放射線療法にアクチノマイシンDを加えて、従来の成績の約2倍の2年生存率を得た。成人の癌では、1970年代から乳癌のリンパ節転移陽性例での術後補助化学療法の研究が行われ、代表的な例としては、無治療群と比較してCMF(CPM、MTX、5‐FU)が無再発生存期間、5年生存率を向上した。大腸癌では病期の症例で5‐FUとロイコボリン併用の術後化学療法が無再発生存期間、5年生存率を向上させた。近年の報告では、非小細胞肺癌の病期の症例でシスプラチンを含む術後補助化学療法が無治療群と比較して無再発生存期間、5年生存率を向上させている。手術前に投与するネオアジバント化学療法は、局所進行癌では癌病巣を縮小して手術可能にし、体内の微小転移巣を根絶して高率に治癒を得ることを目的としている。頭頚癌、食道癌、乳癌、膀胱癌などで臓器機能を温存し、クオリティ・オブ・ライフquality of life=QOL(生活の質)保持に貢献している。[小川一誠]

癌の動向


日本の癌死亡の動向
日本の癌死亡数は年々増加し、1981年(昭和56)には脳卒中と入れかわって死亡原因の第1位となり、その後も増加している。2005年(平成17)の癌死亡数は約33万人であり、全死亡数の約30%を占めている。同年の癌死亡数を部位別にみると、肺癌がもっとも多く(約6.2万人)、ついで胃癌(5.0万人)、大腸癌(4.1万人)、肝臓癌(3.4万人)、膵臓癌(2.3万人)、胆嚢(たんのう)・胆管癌、食道癌、乳癌、前立腺癌、悪性リンパ腫の順となっている。
 日本における癌死亡数の増加のおもな原因は、人口構成の高齢化、高齢者人口の増加である。人口構成の高齢化が死亡率の年次変化に与える影響を補正した、年齢調整死亡率(昭和60年日本人人口をモデル人口とする)でその推移をみると、全癌では男女とも1995年ごろをピーク(男226.1/10万人、女108.3/10万人)として、減少に転じている(2005年では男197.7、女97.3)。この推移を部位別にみると、1975年以後、胃癌と子宮頸癌では一貫して減少、肝癌は1995年ごろをピークに減少、大腸癌と肺癌は1995年ごろを境として増加から横ばいに変化、乳癌(女性)は一貫して増加している。[田中英夫]
日本の癌罹患の動向
日本では癌の罹患数(率)を計測する仕組みとして、現在35の道府県において「地域がん登録事業」が営まれている。同資料から推計された2002年の全国の癌罹患数は、58万9293人(男33万9650人、女24万9643人)であった。部位別には胃癌(約10.7万人)がもっとも多く、ついで大腸癌(約10.5万人)、肺癌(約7.4万人)、乳癌(約4.2万人)、肝臓癌(約4.1万人)、子宮癌(約2.3万人)、膵臓癌(約2.1万人)、胆嚢・胆管癌(約1.8万人)の順であった。
 癌の部位別に年齢調整罹患率の推移をみると、全体として年齢調整死亡率の推移傾向に類似しているが、胃癌では死亡率の減少が罹患率の減少よりも急激に起こっている。このことから、胃癌死亡率減少の原因は、塩蔵食品の摂取の減少等による罹患率の減少に加えて、胃癌検診の普及や胃癌治療成績の向上等による胃癌患者の完治例の増加が考えられる。他方、肝臓癌では年齢調整罹患率と年齢調整死亡率がほぼ同じトレンドで減少していることから、肝臓癌死亡率減少のおもな原因は、日本の肝臓癌のおもな原因であるC型肝炎ウイルス持続感染に起因する肝臓癌の発生の減少であると考えられる。[田中英夫]
癌罹患の地域差
癌の罹患率は国により、また、地域により大きく異なる。たとえば日本は韓国とともに胃癌の年齢調整罹患率が世界でもっとも高い国の一つである。もっとも低いアラブ諸国やインド、アメリカ合衆国白人などに比べ、10倍以上の開きがある。また、日本国内においても東北地方は西日本に比べて胃癌の年齢調整罹患率が高い。
 他方、皮膚悪性黒色腫は白人に多く発症し、日本人では少なく、オーストラリアのクイーンズランド州と日本では、年齢調整罹患率は100倍近い差がみられる。これらの地域差は、おもに癌の発症要因の存在・人への暴露の程度が地域によって異なることによってもたらされるが、後者の例のように、人種の違いによる暴露物質(紫外線)への感受性の違いにより、生じることもある。[田中英夫]

癌の予防

癌予防は一次予防、二次予防、三次予防に大別される。癌の一次予防とは、癌を引き起こす原因物質を除去したり、癌を予防する物質を補充することにより、癌にかかる確率を低下させる考え方または取組みである。癌の二次予防とは、癌検診の受診等によって癌を早期の段階で発見し、これを適切に治療することにより、癌による死亡を予防する考え方または取組みである。三次予防とは、的確な癌治療により、癌患者のQOLを向上させ、家庭復帰や社会復帰を支援する考え方または取組みである。なお、癌にかかりやすい要因をもつ個人を集団のなかからみいだし、その個人に対してその要因を治療的手段を用いて除去することによって癌を予防する考え方または取組みを1.5次予防ということもある。一般住民のなかから血液検査によってC型肝炎ウイルス持続感染者をみいだし、そのなかのC型慢性肝炎患者にインターフェロン等による薬物治療を行ってウイルスを除去することで、肝細胞癌へ進展することを予防することが、その例である。
 具体的な癌の一次予防として、もっとも効果が期待できるものは禁煙である。タバコは肺癌はじめ頭頸部癌、食道癌、胃癌、膵癌、肝癌、膀胱癌、子宮頸癌など、多臓器の癌の原因物質であり、禁煙することにより罹患リスクが低下する。2006年(平成18)から日本ではニコチン依存症管理料を用いた禁煙治療が保険適用となった。また、アルコールは食道癌、口腔癌、肝臓癌、乳癌の危険因子であるが、エタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドを肝臓で酢酸に分解するアセトアルデヒド脱水素酵素の活性が低い日本人のなかの約4割の人では、アルコールの摂取によってこれらの癌のリスクがとくに高くなることが国内の疫学研究でわかった。また、運動習慣をもつことは結腸癌の予防につながる。生活習慣の改善以外の一次予防法の例としては、B型肝炎ウイルス感染妊婦から生まれた乳児に対する、B型肝炎免疫グロブリンおよびワクチンの投与による、感染予防に伴う将来の肝細胞癌の予防がある。また、子宮頸癌のリスク因子であるヒトパピローマウイルスの子宮頸部への感染を防御するための、ヒトパピローマウイルスワクチンがアメリカで実用化されており、日本への導入が期待されている。
 癌の二次予防のなかで日本において現時点で死亡予防効果が科学的に認められている検診は、X線検査による胃癌検診、細胞診検査による子宮頸癌検診、便潜血検査による大腸癌検診、マンモグラフィーによる乳癌検診および胸部X線検査に喀痰(かくたん)細胞診検査を加えた肺癌検診である。子宮頸癌検診と乳癌検診の望ましい受診間隔は2年に1回とされている。日本はアメリカなどに比べて一般に癌検診の受診率が低く、2006年に成立した「がん対策基本法」(平成18年法律第98号)に基づき国が2007年に策定した「がん対策基本計画」のなかでも、癌検診受診率を向上させることが課題として盛り込まれている。他方、癌検診の問題点としては、癌の発見頻度が高くないため、費用効率が良くないこと、要精検者の心理的、肉体的負担、検診の精度管理の充実などが指摘されている。[田中英夫]

将来展望

統計では3人に1人は癌により死亡するとされているが、癌は生活習慣病であり、生活習慣を改善することにより、癌の発生を予防することは可能である。禁煙、バランスのとれた食生活、肥満を避けること、適度な運動により、肺癌、乳癌、前立腺癌、大腸癌の発生頻度が減少することが報告されている。癌予防で期待されているのは、薬剤を用いての化学予防であり、種々の薬剤を用いての研究が進行中である。最近子宮頸癌の予防に有効な子宮頸癌ワクチンが、アメリカで認可され使用されている。このワクチンは日本でも研究中であり、近い将来認可されると予想される。これら予防対策が進むことにより、癌の発生頻度がしだいに減少することが期待される。
 たとえ癌になったとしても早期発見、早期治療により治癒が得られる。多くの癌の初期は無症状であるため、健康であっても40歳以上になれば、定期的な癌検診を受けることが早期発見につながる。癌の存在部位の診断には従来の画像診断法に加えて、陽電子放射断層法(PET:positron emission tomography)そしてPETとX線CT検査(CT)を同時に行うPET/CTによる早期発見が期待される。早期診断には、癌を遺伝子レベルの異常で発見する遺伝子診断、前立腺特異抗原(PSA)のような腫瘍マーカーによる早期診断の研究が進行している。
 もっとも多く癌を治癒させている局所療法は手術療法である。従来は広範囲に切除する拡大手術がおもに行われたが、近年は手術後のQOLに配慮した手術方法が採用される。癌の拡がりを正確に把握して、内視鏡手術、腹腔鏡下手術、縮小手術と治癒を目的としながらもQOLの維持が可能な手術術式が選択される。手術後に再発の危険性が高い症例に対しては、全身療法としては術後化学療法、内分泌療法を併用する集学的治療が行われ、乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌などでは再発予防、治癒率向上に貢献している。将来は他の癌においても同様な治療戦略が成功すると考えられる。
 放射線療法は局所療法として強力な武器であり、しかも手術のように治療後に組織欠損を残さないため、QOLを維持しながら、延命・治癒が可能な治療として有用である。特定の癌、たとえば頭頚癌、子宮頸癌などでは、手術に匹敵する遠隔成績が得られる。そして高齢者のように種々の合併症で手術不可能な場合などにも手術にかわっての局所療法となりえる。新しい放射線装置としての陽子線、重粒子線装置では、従来の放射線装置より、病巣のみに集中的に照射可能のため、正常組織への損傷が軽減できる。このため神経の腫瘍、眼の腫瘍などに良好な成績が得られており、前立腺癌、肺癌などへの応用が期待される。
 化学療法の分野では、従来の殺細胞作用を主作用とする抗癌剤に加えて、細胞増殖を阻止する(細胞静止)作用を主作用とする分子標的薬が開発されている。それらには癌の原因遺伝子の異常なシグナルを阻止する薬剤、遺伝子産物の機能を阻害する薬剤、癌の栄養血管新生に関係する血管新生阻害剤が含まれる。分子標的薬により、長期延命が得られている代表的な例が、慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるbcr/ablの阻害剤であるグリーベックである。進行癌では、前治療で無効であった非小細胞肺癌、膵臓癌、肝臓癌、腎臓癌で行われた比較研究で、偽薬と比較して分子標的薬は、統計学的有意差で生存期間を延長した。一つの分子標的のみではなく多数の分子標的を阻害する(multi-targeted)薬剤が続々と臨床研究されており、今後の大きな成果が期待される。そして進行癌で安全性と有効性を確立した分子標的薬は、抗癌剤あるいは他の分子標的薬と併用しての効果増強が研究され進行癌の延命に貢献し、そして進行癌で有効性・安全性が確立した併用療法は手術前後の集学的治療に組み入れられ、再発予防、治癒率向上に貢献すると考えられる。
 癌治療の領域で大きな期待を集めているのが、オーダーメイド医療である。抗癌剤(分子標的薬)の有効性、毒性の個人差を、遺伝子検査により予測して治療する方法である。高い感受性のある薬剤を選択的に投与して、高い有効性を得るそして重大な毒性発現を回避する究極の薬物療法である。慢性骨髄性白血病に対するグリーベックの有効性、膀胱癌の術前化学療法の有効性の予測、イリノテカンの毒性の予知など着々と研究成果が蓄積されつつある。
 最後に、治療に関してのインフォームド・コンセント(IC)について記述する。癌専門病院においての癌の告知率はほぼ100%であると考えられる。癌の診断が確定し、治療方針が決定されると、医師はそれを患者に説明し、治療方法についての同意を得る。これがICであり、双方の合意と信頼のうえにたって医療を行うために不可欠である。[小川一誠]
『ハロルド・バーマス、ロバート・A・ワインバーグ著、畑中正一・牧正敏訳『遺伝子とガン』(1994・日経サイエンス社) ▽ブルース・アルバート他著、中村佳子他訳『細胞の分子生物学』第3版(1995・教育社) ▽有吉寛他編『臨床腫瘍学』(1996・癌と化学療法社) ▽ロバート・A・ワインバーグ著「がんはどのようにして起きるのか」(『別冊日経サイエンス』pp.10-21. 1998・日経サイエンス社) ▽日野原重明監修、坂田三允・奥宮暁子編著『最新 がん事典』(1998・小学館) ▽小川一誠著『癌の治療戦略』(1999・篠原出版新社) ▽矢沢サイエンスオフィス編『ガンのすべてがわかる本』(2001・学習研究社) ▽岸玲子監修『職業・環境がんの疫学――低レベル曝露でのリスク評価』(2004・篠原出版新社) ▽大島明・黒石哲生・田島和雄編『がん・統計白書――罹患/死亡/予後 2004』(2004・篠原出版新社) ▽田島和雄監修、古野純典他編『がん予防の最前線』上下(2004、2005・昭和堂) ▽小川一誠・田口鐵男監修『がんの早期発見と治療の手引き』第3版(2008・小学館) ▽小川一誠編『抗癌剤の選び方と使い方』改訂第3版(2008・南江堂) ▽柳田邦男著『ガン回廊の朝』上下(講談社文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のの言及

【ウイルス】より

…50年代に取り扱われたウイルスはバクテリオファージが中心であったが,60年代以降,これらの分子生物学の知見と,培養細胞によるウイルスの培養方法の確立とともに,動物ウイルスにも研究の目が注がれてきている。今日,ウイルス学が取り扱う範囲は,ウイルス自体についての形態形式,遺伝子構造と遺伝子の機能発現などだけにとどまらず,宿主細胞の側での遺伝子の構造と機能,発癌やウイルスの病原性を定めている遺伝子とその機能,ウイルスに対する防御機構などの研究にも及んでいる。
[ウイルスの形態]
 自己増殖していくための遺伝情報は,ウイルスにおいてもまた核酸によって担われているが,高等生物の遺伝情報はDNAに限られるのに対して,ウイルスの場合にはRNAのときもある。…

【カニ(蟹)】より

…太陽が巨蟹宮に入ると夏至になることから,カニは夏の到来,さらにこれ以後日が短くなるために〈死〉を暗示するイメージを伴うようにもなった。なお,癌を英語でキャンサーcancer(カニの意)と呼ぶのは,その患部がゴツゴツとしてカニの甲を思わせるためであろう。ギリシア神話では,ヘラクレスと闘う水蛇ヒュドラ(干ばつの象徴)に加勢し,英雄のかかとを挟んだ動物カルキノスKarkinosとして登場する。…

【サーモグラフィー】より

…実際の医学的利用では,(1)血流変化から病変部位を推定すること,(2)病変の回復経過を観察することに主眼がおかれる。たとえば皮膚表層に近い癌では,血管増生の多いこと,代謝速度の速いことなどから,当該部位の温度は他の部位に比較して高い。また炎症性病変の存在部位も高温を示す。…

【死因】より

…日本では,死亡診断書や死体検案書において,自然死,自殺,他殺など12種に分類している。日本における主要死因は近年ほぼ一定で,いわゆる三大死因は永らく,脳卒中(脳血管疾患),癌(悪性新生物),心臓病(心疾患)の順であった。このうち,脳卒中による死亡率が低下する反面,癌の上昇が著しく,1981年に至り,ついにこの上位2者は入れ替わり,5位までの死因順位は,(1)癌,(2)脳卒中,(3)心臓病,(4)肺炎・気管支炎,(5)老衰となった。…

【成人病】より

…成人病とは悪性新生物(癌),脳血管疾患,心臓疾患など,主として40歳以上の成人,老人の主要な疾病を総称して名づけられたものである。第2次大戦後,栄養状態の改善やサルファ剤,抗生物質などの出現にともない感染性疾患が大幅に減少し,これらに代わって悪性新生物,脳血管疾患,心臓疾患など老化と結びついた変性疾患が増大してきた。…

【腹痛】より

…しかし痛みとしての自覚が少ないために重大な病気に気づかず見のがされ,気がついたときには末期的な状態の場合も多い。
[胃癌,結腸癌,直腸癌,膵癌など腹部の癌]
 中年以降に多いものであるが,30歳,20歳代にも起こることを知っておかねばならない。癌の初期は痛くないといわれているが,これは痛みとは無関係であるという意味で,癌の早期発見には痛みは関係ないことをいい表したものである。…

【老化】より

…このほか,性腺の萎縮と機能低下,老眼による視力の低下などがみられる。(7)老化と癌 による死亡は40歳代から増加し始め,50歳代以降急増する。この傾向は胃癌,肺癌,肝臓癌で著しい。…

※「癌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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