コールタール(読み)こーるたーる(英語表記)coal tar

翻訳|coal tar

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コールタール」の意味・わかりやすい解説

コールタール
こーるたーる
coal tar

石炭を乾留したとき生成する茶褐色または黒色の粘稠(ねんちゅう)な液状物質。低温乾留で得られる低温タールと高温乾留で得られる高温タールとがあるが、通常は前者をさすことが多い。コールタールからは石油と同様に工業上重要な化学物質が得られる。

 コールタールの最初の用途は防腐剤であった。大航海時代以来、帆船の用材、ロープの塗装用の木タールは高価であったから、17世紀ごろすでにイギリスではその代替品として使用され始めた。19世紀になると都市ガス工業がおこり、大量のガス液やタールが副生するようになったため、防腐剤としての用途だけでは処理できず、河川に放流されて重大な環境汚染を引き起こした。当時の人々はコールタールを「悪魔の水」とよんだほどで、ガス会社はこれを捨てる費用、あるいはその被害の賠償費を計算に入れてガス料金を定めなければならなかった。しかし、1838年にイギリスのベセルJohn Bethellがクレオソートを分離して木材防腐に利用することを考案(ベセル法という)し、これを契機としてタールの大規模な蒸留が行われるようになった。当時、鉄道建設が盛んに行われており、大量の枕木が必要とされていたのである。その後、タール中にベンゼントルエンナフタレンアントラセンなどの有用物質が発見され(これらの研究の中心となったのは、招かれてロンドンの王立化学学校教授となったドイツのA・W・ホフマンである)、染料その他の有機化学工業原料として新たな用途が開かれて(染料として有名なモーブアリザリンはコールタールの研究から合成されたものである)、タール蒸留工業はいっそう発展した。一方、合成化学工業の発達に伴って、染料の原料としてベンゼン、火薬の原料としてフェノール(石炭酸)やトルエンの需要が増大したため、石炭ガス中から粗軽油を直接回収する方式が開発され、19世紀末にはほぼ現在の方式に近い副産物回収式コークス炉が建設されるようになった。

 コールタールの比重は1.1~1.3で水より重く、数百種の複雑な成分を含んでいる。おもな分留製品はナフタレン、フェノール類クレオソート油、ピッチなどで、現在は石油化学製品を補完する形で使用されている。ただし、アルミニウムや合金鉄製造用の電極に用いられるバインダーピッチは、そのほとんどがコールタールピッチからの製品である。

 日本では、石炭化学工業は1960年代に衰退期を迎えたが、1973年(昭和48)以降の第一次、第二次の石油危機による石油化学製品の価格上昇や、新素材の開発に伴って、ふたたび注目されるようになり、コールタールの有効利用のほか、コークス炉ガスの化学原料としての利用を目ざした、いわゆるコールケミカルズが開花している。

[宮津 隆]

 コールタールは、タイヤ用のカーボンブラックやもろもろの炭素製品の原料としても用いられ、2007年(平成19)には156万トンが生産されている。

[編集部]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コールタール」の意味・わかりやすい解説

コールタール
coal tar

石炭の乾留によって生じる黒い粘稠な液体。そのままで木材防腐剤などにも用いられるが,大部分は蒸留によって各種留分に分けられ,さらに工業的に分離,精製されて,染料,薬品,香料,合成樹脂,可塑剤,乳化剤,溶剤などの製造に用いられている。 17世紀中頃に J.ベッハーにより発見。 1792年イギリスでガス灯が用いられるようになり,石炭ガスの副生成物として多量につくりだされるようになったが,利用価値はほとんどなく大部分は廃棄されていた。最初に工業的に利用されたのは 1820年,C.マッキントッシュが防水布用のゴム溶液をつくるのにコールタールの揮発油を使用したときからで,25年頃からはコールタール蒸留物のクレオソート油が鉄道の枕木の防腐剤として用いられるようになり,42年にはタールピッチが練炭に使用されるようになった。 45年 A.ホフマンがコールタール蒸留物からベンゼンを抽出,56年 W.パーキンが最初のコールタール染料を合成,68年 C.グレーベがアリザリンの合成に成功するに及んで重要な化学工業原料となるにいたり,1907年 L.ベークランドがフェノール樹脂を合成して,コールタール工業に新しい分野を開いた。

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