改訂新版 世界大百科事典 「ボナパルティズム」の意味・わかりやすい解説
ボナパルティズム
Bonapartism
日本においてボナパルティズムはマルクス,エンゲルスの指摘にもとづきながら,ほぼ次のように理解されてきた。すなわち,近代社会のブルジョアジーとプロレタリアートの対立において,力の均衡状態が生じ,両者のいずれもが国家権力を掌握するにいたらぬという状態が発生したとき,一時的に両者に対して一定の自立性をもった国家権力が成立する。それはフランスで第一帝政と第二帝政として現れ,そこに成立したナポレオンの独裁権力の性格をボナパルティズムという。だがこうしたマルクス理解には多くの疑問点もあり,現在ではフランス革命以降のフランスの歴史状況へのより正確な理解にもとづいて,ボナパルティズムの特徴を考えることが必要となってきている。
フランス革命を通じて経済的支配階級となっていったフランスのブルジョアジーは,さらに進んで全社会にわたってその政治的ヘゲモニーを確立しようとする。しかし旧勢力が地方で政治力を維持するという状態がある一方で,フランス革命が農民革命と都市のサン・キュロットによる民衆運動のなかで実現したことは,ブルジョアジーがこうした農民・民衆に対して政治的指導階級として自らを確立させることを困難にした。この状況のもとで,ナポレオンは民衆,とくに分割地農民層の支持を確保して第一帝政を樹立し,中央集権国家の強化につとめた。19世紀の半ばにいたって,1848年の二月革命でブルジョアジーは共和政を樹立するが,労働者階級の社会革命をめざす運動に直面して,自らが主体となった政治的ヘゲモニーを確立することはできなかった。この時もナポレオンの甥のルイ・ナポレオンがクーデタによって権力を握ることになったが,彼もまた分割地農民や都市の労働者層の支持を確保することで第二帝政を成立させたのである。
この二人のナポレオンの独裁権力の性格をボナパルティズムというのであるが,特徴的な点は,この権力形成においてブルジョアジーは政治的指導勢力たりえなかったこと,したがってナポレオンはそれから一定の自立性をもった中央集権国家を発展させたこと,にもかかわらずこの国家はブルジョアジーの経済的支配力に従属しつつ,民衆の体制内統合化に努めて,ブルジョアジーの政治的ヘゲモニーを代行する役割を果たしたこと,などである。以上の諸点から,ボナパルティズムの国家は,近代ブルジョア国家の特徴を明確に備えたものだったといえる。
なお,ナポレオンが民衆,分割地農民の支持を確保する場合,それを可能にしたナショナリズムやナポレオン崇拝の問題,とくに第二帝政成立期には,革命派農民の反乱に対するボナパルト派の対応のあり方が,問題としてとり上げられている。
執筆者:喜安 朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報