コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ボナパルティズム

百科事典マイペディアの解説

ボナパルティズム

ナポレオン1世,ナポレオン3世の帝政にみられるような特殊な政治方式,国家形態。元来はボナパルト家の政治方式の意。転じて,一般に,国内のブルジョアジープロレタリアートの階級対立が均衡状態を生み出し,特定階級による一方的支配が行われにくくなったとき,調停者のような形で専制的政治権力が樹立されるものをいう。
→関連項目外見的立憲制

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ボナパルティズム【Bonapartism】

日本においてボナパルティズムはマルクス,エンゲルスの指摘にもとづきながら,ほぼ次のように理解されてきた。すなわち,近代社会のブルジョアジーとプロレタリアートの対立において,力の均衡状態が生じ,両者のいずれもが国家権力を掌握するにいたらぬという状態が発生したとき,一時的に両者に対して一定の自立性をもった国家権力が成立する。それはフランスで第一帝政と第二帝政として現れ,そこに成立したナポレオンの独裁権力の性格をボナパルティズムという。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボナパルティズム
ぼなぱるてぃずむ
Bonapartism

ボナパルティズムということばの本来の意味は、フランス語でナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)およびナポレオン3世に対する支持を意味したが、さらにナポレオン3世の政治体制と政策全体をさすようになった。フランスで帝国主義ということばとボナパルティズムということばは似たような意味であったが、しだいに帝国主義ということばのほうは外政面について用いられるようになり、ボナパルティズムのほうは内政面ないし政治体制について用いられるようになった。
 政治体制としてのボナパルティズムについて、初めて規定したのはカール・マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』や『フランスの内乱』などの著作である。マルクスは、国民を支配する能力をブルジョアジーが失い、しかも労働者階級がまだ支配能力を獲得しない時期において可能な唯一の政府形態である、と指摘した。ナポレオン3世の支配は巨大な官僚・軍隊組織に支えられ、この点では絶対王政による統治権力の集中に類似している。ナポレオン3世が代表する階級はフランスにおいてもっとも数の多い分割地農民であった。このマルクスの指摘に続いてフリードリヒ・エンゲルスは『家族、私有財産および国家の起原』のなかで、支配階級の道具としての国家のなかで「例外国家」があり、それは絶対王政とボナパルティズムであると指摘した。すなわち、ボナパルティズムはブルジョアジーに対してはプロレタリアートの役割を演じ、プロレタリアートに対してはブルジョアジーの役割を演じていると述べた。ビスマルクのドイツ帝国もボナパルティズムの新版である、とも述べている。このエンゲルスの指摘によってボナパルティズムは広く国家形態の一つとして定式化された。ファシズムについてもボナパルティズムとの共通性が認められる。[斉藤 孝]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ボナパルティズムの関連キーワードナポレオン[1世]