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ボニファシオ Bonifacio de Andrada e Silva, José

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボニファシオ
Bonifacio de Andrada e Silva, José

[生]1763.6.13. サントス
[没]1838.4.6. ニテロイ
ブラジルの政治家,独立運動の指導者。ポルトガルのコインブラ大学を卒業後,同大学地質学教授。 1819年祖国に戻り独立派の領袖となった。 22年ドン・ペドロ (のちのペドロ1世 ) に独立建言,9月7日の独立宣言の直接的契機をつくった。独立後首相として難局を処理したが,皇帝ペドロ1世と合わずフランスに亡命 (1823~29) 。 31年皇太子 (のちのペドロ2世) の後見役に任じられたが,33年ペドロ1世の復位をはかり失脚した。

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デジタル大辞泉の解説

ボニファシオ(Bonifacio)

地中海西部にあるフランス領の島、コルシカ島の最南端の町。断崖絶壁の上にある城塞と旧市街で知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボニファシオ【Andres Bonifacio】

1863‐97
フィリピン革命の最大の指導者。マニラの下町トンドの貧しい家庭に長子として生まれ,14歳で両親に死別したので,少年時より生計の苦労を味わった。しかし明敏だったので,やがてイギリス商会ついでドイツ商会の職員になり,仕事のかたわら独学でスペイン語をマスターして,当時マニラに流入したヨーロッパ文学や自由主義思想フランス革命に関する文献などに接する機会を得た。1880年代に入ってスペイン支配の改革を求めるプロパガンダ運動が始まると,率先してこれに参加したが,知識人中心の言論活動の不毛さに失望して,92年7月同志とともに武装革命をめざす秘密結社カティプーナンを結成,95年にその第3代総裁となり,96年8月フィリピン革命を開始した。

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367日誕生日大事典の解説

ボニファシオ

生年月日:1863年11月30日
フィリピンの民族運動家
1897年没

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