ポー平原(読み)ポーへいげん(英語表記)Pianura padana

  • ポー平原 Pianura padana

世界大百科事典 第2版の解説

イタリアの北・中部の4州(ピエモンテ,ロンバルディア,エミリア・ロマーニャ,ベネト)にまたがるポー川流域の平野。面積7万4970km2。アルプス山麓とアペニノ山脈にはさまれ,東西に長く延びる平野で,肥沃な土地と水と交通の便が古くから豊かな農業地帯を誕生させ,多くの都市を育ててきた。現在もイタリア国内で最も経済活動の活発な地域となっている。平野の北側はベルガモブレシア,ベローナ,ビチェンツァの諸都市を結ぶ線,南側はアレッサンドリア,ピアチェンツァ,パルマ,モデナボローニャリミニの諸都市を結ぶ線で囲まれ,その間を流れるポー川に沿ってパビア,クレモナ,マントバ,フェラーラなどの都市がある。

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世界大百科事典内のポー平原の言及

【イタリア】より

…夏にはイタリアのほとんどの部分が低緯度大陸気団の影響下に入って,高温・乾燥によって特色づけられる〈地中海の夏〉によっておおわれるが,冬になると,アペニノ山脈の北部および東側は,中緯度大陸気団の影響を受けて,寒冷かつ湿潤であるし,中南部においても西からやってくる低気圧の影響を受けて,しばしば雨の降る不安定な気候を呈する。 地形的に見ると,アルプス造山運動の影響を受けたアルプス山脈とアペニノ山脈とが,国土の骨組みを形づくっていて,大きな平野はアルプス山脈とアペニノ山脈との間の大きな地向斜が第三紀および第四紀の堆積によってうずめられたポー平原があるにすぎない。北部の山地・丘陵部および中南部の高山部には氷河地形が見られるし,中部イタリアおよび南部イタリアには休火山および活火山が多く,火山地形も各地に見られる。…

【ファシズム】より

…この時期にはむしろ,フィウメを占領したダンヌンツィオの行動が,より多くの注目を浴びていた(フィウメ占領)。 ファシズムfascismoと名づけられる現象が注目されるのは,1919年3月の結社の誕生によってでなく,20年末から始まるポー平原における大衆運動を通じてのことである。ポー平原には多くの中小都市が存在し,これら諸都市はそれぞれに周辺の農村を合わせて独自の地域的世界を形成していた。…

※「ポー平原」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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