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マキシム maxim

翻訳|maxim

デジタル大辞泉の解説

マキシム(maxim)

格言。金言箴言(しんげん)。

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大辞林 第三版の解説

マキシム【maxim】

格言。金言。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マキシム
まきしむ
Sir Hiram Stevens Maxim
(1840―1916)

アメリカの発明家。メーン州に生まれる。14歳のときから職工となり独学で工学を勉強し、ガス、水道、電気に関する数多くの発明を続け、1881年パリの万国博覧会に出品した電圧調整器でレジオン・ドヌール勲章を受けた。1883年イギリスに渡り機関銃を研究し、1884年に、銃弾を発射するときの反動を利用して遊底を後退させ自動装填(そうてん)・発射ができる連発銃を完成、機関銃Machine gunの名をつけて特許を得た。以後、彼の発明した機関銃は世界中に普及し、近代戦術に革命的な影響を与えた。1900年にイギリスに帰化。1901年機関銃が植民地獲得に大きく貢献したとしてナイトに叙せられた。[小橋良夫]

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現代外国人名録2012の解説

マキシム
Maksim


国籍
クロアチア

専門
ピアニスト

生年月日
1975/5/3

出生地
シベニク

経歴
6歳の頃、初めてピアノに触れ、9歳で音楽学校に入学。12歳でオーケストラをバックに演奏しソロデビューを果たす。1990年から始まったクロアチア戦争時も音楽学校の地下室で練習を続けた。’93年ザグレブで初めての本格的なコンクールで優勝。これを機にザグレブの音楽学院に進学し、その後ブダペストのリスト音楽院で学び、在学中にニコライ・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝。2000年にはパリに移り、イゴール・ラツィコのもとでさらなる研鑽を積み、2001年ポントワーズ・ピアノコンクール第1位に輝く。故郷のクロアチアに戻った後、クロアチアの現代小品集を集めた初アルバム「ジェスチャー」をリリース。クロアチアのグラミー賞ともいえるポリン賞で4部門(ベスト・クラシカル・アルバム賞含む)を獲得。2003年リリースのアルバム「ザ・ピアノ・プレイヤー」はアジアを中心にヒットし、シンガポール、マレーシア、インドネシア、そして中国ではゴールド・ディスク、台湾とクロアチアではプラチナ・ディスク、香港ではダブル・プラチナ・ディスクに輝く。2004年日本をはじめアジア各地でコンサートツアーを敢行。2005年には世界最高峰のオーケストラ、モスクワ・フィルとともに来日公演を行い、ソロでの全国ツアーも開催。高い演奏力に加え、端正な顔立ちとゴルチエを愛用するファッションセンスで“ピアノ界の貴公子”と呼ばれる。他のアルバムに「ヴァリエーションズ」(2004年)、「ニュー・ワールド」など。

受賞
ポリン賞(4部門)「ジェスチャー」 ニコライ・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第1位〔1999年〕;ポントワーズ・ピアノコンクール第1位〔2001年〕

出典|日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について | 情報

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