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マティアス Matthias

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マティアス
Matthias

[生]1557.2.24. ウィーン
[没]1619.3.20. ウィーン
ハンガリー王 (在位 1608~18) ,ボヘミア王 (在位 11~17) 。神聖ローマ皇帝 (在位 12~19) 。ハプスブルク家の出身。マクシミリアン2世の子。皇帝ルドルフ2世の弟,スペイン王フェリペ2世の甥。スペインで教育を受け,1577年ネーデルラント総督,1608年ハンガリー王,11年ボヘミア王となった。早くからカトリックを擁護したため各地のプロテスタントと対決し,また,トルコとも2度にわたって戦い (1594~95,98~1601) ,半世紀にわたる平和の基礎を築いた。ハンガリーやボヘミア問題では緩和政策をとり,武断政策を奉じる兄の皇帝ルドルフ2世と対立した。 12年ルドルフの死後神聖ローマ皇帝に選出されたが,病気がちで嗣子にも恵まれず,政務を寵臣メルヒオール・クレースルにゆだねたが,諸侯の宗教的対立の調停に失敗,三十年戦争の遠因をつくった。

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世界大百科事典 第2版の解説

マティアス【Matthias】

1557‐1619
神聖ローマ皇帝。在位1612‐19年。ハプスブルク家の皇帝マクシミリアン2世の第2子。兄ルドルフ2世が政治的に無能だったため,1608年以来オーストリアとハンガリー,11年にはボヘミアの統治をゆだねられる。反宗教改革の支持者だったが,皇帝即位ののちは帝国内の新旧両教派の調停を試みて失敗。17年,従弟フェルディナント(2世)にボヘミア王位を譲ったことが,三十年戦争の発端となった。【成瀬 治】

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367日誕生日大事典の解説

マティアス

生年月日:1557年2月14日
ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝(在位1612〜19)
1619年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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