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マリーニ Marini, Marino

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリーニ
Marini, Marino

[生]1901.2.27. ピストイア
[没]1980.8.6. トスカーナ,ビアレッジョ
イタリアの彫刻家フィレンツェの美術学校を卒業後,パリで彫刻を学ぶ。 1929~40年モンツァの美術学校で教え,40~42年ミラノで活躍。初め肖像,群像彫刻を多く制作したが,1930年代中頃に始めた『馬』の連作で認められ,以来隠れた精神的なものを表現する緊張感あふれる馬と騎手像を制作。またミラノ美術学校で教え,すぐれた教育家としても知られた。 52年ベネチア・ビエンナーレで大賞を受賞。主要作品『ロ・ポポロ』 (1929) ,『エルシリア像』 (チューリヒ美術館) ,『馬と騎手』の連作 (1930年代以降) ,『ストラビンスキー像』 (50) ,『奇跡』の連作 (50~60年代) 。

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百科事典マイペディアの解説

マリーニ

イタリアの彫刻家。トスカナ地方ピストイア生れ。フィレンツェの美術学校に学び,パリをはじめヨーロッパ各都市を旅行。エトルリア美術の影響を受けた力強い造形に特色がある。馬や騎手のモティーフをよくとりあげ,イタリアの具象彫刻を代表する一人となった。彫刻と同主題の版画作品も多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

マリーニ【Marino Marini】

1901‐80
イタリアの彫刻家。ピストイア生れ。フィレンツェで絵画と彫刻を学んだのち,1928‐29年パリに赴き,このころより本格的に彫刻に取りくむ。36年ころから彼の作品の特徴となった馬と騎士というテーマを手がける。古代彫刻,とりわけエトルリア彫刻の影響が顕著で,素朴さと力強さが特色である。イタリアの具象彫刻界を代表する一人。40年よりミラノの美術学校教授をつとめた。【中原 佑介

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大辞林 第三版の解説

マリーニ【Marino Marini】

1901~1980) イタリアの彫刻家。肖像彫刻や、剛直素朴なフォルムの馬や騎馬像を制作。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マリーニ
まりーに
Marino Marini
(1901―1980)

イタリアの彫刻家。ピストイアに生まれ、フィレンツェの美術学校に学ぶ。古代彫刻、とくにエトルリア美術の体験を根底にしながら、アルカイックな量感に満ちた人間像の彫刻から出発する。1930年代には「馬と騎士」が中心的なテーマとなり、それは60年代まで一貫して続く。さらに女性像「ポモナ」のシリーズがあり、そこでも古代的な母性のイメージが表される。第二次世界大戦を避けるためにスイスに赴き、その間アルプと知り合ったことなどから、作風は表現主義的な傾向を示し、馬と騎士の像は激しい運動感を加える。戦後はミラノに戻り、抽象的とまでいえる具象の限界に達するが、そこでもなお対象の生命力を失わない。48年と52年のベネチア・ビエンナーレ展で彫刻大賞を受賞。なお、石版などの版画も多く残している。[小川 煕]
『吾妻兼治郎解説『ファブリ世界彫刻集17 マリーニ』(1972・平凡社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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