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マンデラ マンデラ Mandela, Nelson

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マンデラ
マンデラ
Mandela, Nelson

[生]1918.7.18. ウムタータ
[没]2013.12.5. ヨハネスブルク
南アフリカ共和国の政治家,法律家,黒人解放運動指導者。大統領(在任 1994~99)。フルネーム Nelson Rolihlahla Mandela。テンブ族の首長の家に生まれ,1942年ウィットウォーターズランド大学で法律の学位を取得。

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デジタル大辞泉の解説

マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela)

[1918~2013]南アフリカ共和国の黒人解放運動指導者・政治家。1990年、27年間の獄中生活ののち釈放され、翌年アフリカ民族会議ANC)議長に就任。白人との協調路線をもとに白人単独支配を終結させ、第8代大統領に就任。在任1994~1999。1993年ノーベル平和賞受賞。

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百科事典マイペディアの解説

マンデラ

アフリカ共和国の黒人政治家。1952年白人以外で同国初の弁護士となる。アフリカ人民族会議(ANC)指導者として白人政府による人種隔離政策アパルトヘイト)に抵抗し,黒人の権利獲得運動を指揮。
→関連項目デ・クラーク南アフリカ

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世界大百科事典 第2版の解説

マンデラ【Nelson Rolihlahla Mandela】

1918‐
南アフリカの政治家。その半生を反アパルトヘイト闘争に費やしたアフリカ人活動家。東ケープ州ウムタタ近くのクヌで生まれる。父はテンブ族の首長。1939年フォートヘア大学に入学したが,翌40年学生運動で放校処分を受けヨハネスバーグに出る。44年アフリカ人民族会議(ANC)に入党。同年O.タンボらとANC青年同盟を結成し書記長となる。50年以降,青年同盟議長となり,不服従抵抗運動を組織し活動を続け,52年禁止処分を受ける。

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大辞林 第三版の解説

マンデラ【Nelson Rolihlahla Mandela】

1918~ ) 南アフリカ共和国の政治家。黒人解放運動に挺身、27年間獄中生活を送る。1990年釈放され、アパルトヘイト廃止後の94年、黒人初の大統領に選ばれた。99年辞任。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マンデラ
まんでら
Nelson Rolihlahla Mandela
(1918―2013)

南アフリカ共和国黒人解放運動指導者、政治家。トランスケイのテンブ人の首長の子として生まれる。ウィトワーテルスランド大学法学部を卒業。ヨハネスバーグで弁護士開業(1952~1956)。在学中アフリカ民族会議(ANC)に入党、その青年同盟を創設。反アパルトヘイト運動に取組む。1952年ANCトランスバール支部長。同年の抗議キャンペーンにより逮捕、さらに1955年の自由憲章採択で国家反逆罪として5年間(1956~1961)投獄、1962年再逮捕。1964年終身刑となりロッベン島やポールスムア刑務所に収容され、1990年2月釈放。釈放後、ANC副議長に就任、当時の大統領デクラークとの予備会談にANC代表として出席。1991年ANC議長に就任し、以後デクラークと協力して全人種代表が参加した二度の民主南アフリカ会議、さらに多党交渉フォーラムを開き、暫定政府、暫定憲法を作成。それに基づき1994年4月に南ア史上初の全人種参加選挙が実施され、ANCが勝ち、マンデラは大統領に就任。国民党インカタ自由党国民統合政府を樹立した。新政府は民族和解・協調政策を進め、黒人・白人の経済格差是正の復興開発計画(RDP)を実施した。1997年12月のANC党大会でマンデラは、議長の座を副大統領のT・ムベキに譲り、1999年の総選挙を機に政界から引退した。2004年公的活動からも引退を表明。1993年デクラークとともにノーベル平和賞受賞。[林 晃史]
『東江一紀訳『自由への道――ネルソン・マンデラ自伝』上下(1996・日本放送出版協会)』

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