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ミケルセン Michelsen, Christian

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミケルセン
Michelsen, Christian

[生]1857.3.15. ベルゲン
[没]1925.6.28. フェーサンゲル
ノルウェーの政治家。法律を学び,弁護士として開業するかたわら海運会社を創立し,のち同国有数の海運会社に発展させた。 1891年国会議員,1903年 G.ハーゲループの連立内閣に加わったが,政府の対スウェーデン政策が軟弱に過ぎるとして,05年2月辞任。同年3月首相に就任し,スウェーデンからの完全な独立を求め,デンマーク王子 (1905.11.ホーコン7世改称) を迎えてノルウェー王国を建設した。 07年 10月病気のため首相を辞任。 09年穏健保守の自由党の結成に参加したが,その党首への就任を断り,10年政界から引退。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミケルセン
みけるせん
Peter Christian Michelsen
(1857―1925)

ノルウェーの政治家。1885年までベルゲンで法廷弁護士を務め、その後ノルウェー屈指の船主となった。1891~1894年ストルティング(議会)の左翼党議員。一時野に下ったが、1903年ハーゲルップ連立内閣に入閣。1904年スウェーデンとの領事問題がこじれると、同君連合からのノルウェーの分離が唯一の解決策であるとの立場からハーゲルップの妥協政策に反対し、1905年辞任。同内閣解散後、ブルジョア連立内閣を組閣して首相に就任。同年5月に議会で分離法案を可決し、スウェーデン国王オスカル2世Oscar (在位1872~1907)が法案の裁可を拒否すると、内閣は解散を表明。国王が新内閣形成に躊躇(ちゅうちょ)した機をとらえ、6月7日議会が事実上の独立宣言をなしたのち、首相として事態の平和的解決に努め、9月ノルウェーの独立を認めるカールスタード協定が成立した。2年後に退陣。[大島美穂]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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