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ミトハト憲法 ミトハトケンポウ

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デジタル大辞泉の解説

ミトハト‐けんぽう〔‐ケンパフ〕【ミトハト憲法】

1876年に公布されたオスマン帝国の憲法。宰相ミトハト=パシャ(Midhat Pāshā)が起草。二院制議会・責任内閣制言論の自由などを規定したが、1877年、ロシア‐トルコ戦争勃発を口実に停止された。ミドハト憲法

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大辞林 第三版の解説

ミトハトけんぽう【ミトハト憲法】

オスマン帝国末期、宰相ミトハト=パシャ(Midhat Paşa1822~1884)が起草し1876年発布したアジア初の近代憲法。民主的改革のため二院制議会・責任内閣・言論の自由などを規定したが、翌年停止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミトハト憲法
みとはとけんぽう
Kanun-u Esasi

オスマン帝国憲法。起草者ミトハト・パシャ(1822―84)の名を付して通称される。オスマン帝国の衰退がスルタン専制政治にあると考えた知識人は、1860年代、立憲体制樹立を目ざし「新オスマン人協会」を成立させた。彼らは、スルタンのアブデュル・アジズを退位させ、アブデュル・ハミト2世を擁立、1876年12月憲法を公布させた。内容は、ムスリムイスラム教徒)と非ムスリムの平等、宗教比例代表制議会、責任内閣制、言論出版の自由などが規定された近代的憲法であった。しかし、第113条にスルタンの非常大権が加えられ、この条項により、起草者で大宰相であったミトハト・パシャは追放され、また、議会との対立、ロシア・トルコ戦争の開始(1877)により効力は停止された。1908年青年トルコ党革命により、憲法は復活した。1921年トルコ大国民議会憲法成立までに若干の改正があったものの存続した。[設楽國廣]

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