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メッセニア メッセニアMessēnia

4件 の用語解説(メッセニアの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メッセニア
メッセニア
Messēnia

ペロポネソス半島の南西地域の古代ギリシア名。現メッシニア。北はネダ川の下流に沿ってエリスアルカディア,東方はタイゲトス山脈とメッセニア湾によってラコニアと接している。西部メッセニアはアイガレオス山のけわしい山地で,海岸に少数の集落があるにすぎないが,中央部と東部はパミソス川の流域で人口稠密,その下流域平原マカリアは肥沃な土地として知られた。

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百科事典マイペディアの解説

メッセニア

ギリシア,ペロポネソス半島の南西地域で,現在は一県をなし,県都はカラマタ。古来肥沃の地でミュケナイ時代にはピュロス王国が繁栄。前1200年ころからドリス人が侵入,前8世紀末スパルタに征服され,原住民は奴隷身分のヘイロータイとなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

メッセニア【Messēnia】

ギリシア南部,ペロポネソス半島南西部の地域。ミュケナイ時代にはアカイア人が住み,ピュロス王国などが繁栄したが,前1000年ころにドリス人が侵入,征服した。前8~前7世紀の2度のメッセニア戦争の結果,スパルタに併合され,大部分のメッセニア人はヘイロータイにされたが,前369年,スパルタを破ったテーバイの力で独立を回復し,中心市メッセネMessēnēを建設した。現在はカラマタを県都とする県になっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メッセニア
めっせにあ
Messena

ギリシア南部、ペロポネソス半島南西部の地方名。東はラコニア、北はアルカディア、エリス、南と西はイオニア海に接する。パミソス川流域は古来肥沃(ひよく)な要地である。現在は一県をなし、メッセニア湾奥のカラマタ(古称カラマイ)が県都。県は面積2991平方キロメートル、人口17万5400(2003推計)。オレンジ、レモン、アーモンド、イチジク、ブドウ、オリーブを産出。[真下とも子]

歴史

新石器時代の遺跡もあるが、ミケーネ時代にはピロス王国が栄えた。王宮跡から出土した粘土板の線文字Bの解読は、ミケーネ時代ギリシアの社会構造解明に大きく寄与した。紀元前1000年ごろにはドーリス人がこの地に侵入・定住したという。前8世紀後半にステニクラーロス平野に住む人々は同じドーリス系のスパルタによって征服され、ヘイロタイ(隷属農民)とされた(第一次メッセニア戦争)。前7世紀中ごろに、メッセニア人はアルカディアやアルゴスの支援で、独立を回復あるいは維持するために戦ったが敗れた。前464年には大地震を契機に蜂起(ほうき)したが、これも失敗した。ようやく前369年、ボイオティアの都市テーベ(テバイ)によって独立を回復した。[古山正人]

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世界大百科事典内のメッセニアの言及

【スパルタ】より

…異説の当否のいかんによってはスパルタの国家成立過程,ペリオイコイヘイロータイの身分の由来についても根本的な見直しがせまられる。いずれにせよ,前8世紀中ごろまでには統一国家が形成され,その領域はスパルタ市を中心におおよそラコニア一帯に及び,前8世紀後半には,肥沃な土地を求めてメッセニアに侵入してステニュクラロス平野を併合し,その土地を貴族の間で分割し住民をヘイロータイとした(第1次メッセニア戦争)。ところが,前7世紀の半ばころ征服されたメッセニア人はアルカディアとアルゴスと結んで反乱を企て,第2次メッセニア戦争が起きた。…

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