デジタル大辞泉 「アルカディア」の意味・読み・例文・類語
アルカディア【Arkadia】[地名]
[類語]理想郷・桃源郷・別世界・別天地・
ギリシアのペロポネソス半島中央部の山岳地帯名。Arcadiaとも綴る。現在は一県を構成しており県都はトリポリス。アルフェイオス川が流れ,その流域は比較的地味が肥えているが,多くは山がちで牧畜が主力であった。おもな都市としては,トリポリスのほかにメガロポリスがあり,またマンティネイア,テゲアは歴史的に知られている。ここには古くから人が住んでいたが,風土的条件が悪いためにポリスの形成はおそかった。したがってギリシアの歴史上に際だった役割をはたすこともなかった。前4世紀にテーバイのエパメイノンダスの指揮下にアルカディア同盟がスパルタに対抗して結ばれたが,内輪割れがひどく弱体であった。ただアルカディアの傭兵隊は古くから名を知られていた。また地理的に孤立しているので,アルカディア方言は古いミュケナイ時代の言語の名ごりをとどめている。そして,この地方はギリシア神話とかかわりが深く,たとえば,ヘルメスやパンはここの生れである。また牧歌的な夢幻境の代名詞として,後世の文学や美術にしばしばその名が引かれている。
執筆者:安藤 弘
この山地が牧人たちの楽園であるという考えは,現実のアルカディアから地理的にも時代的にも離れるにつれて強くなっていった。すでにギリシアのテオクリトスに牧人生活を賛美する傾向がみられるが,ローマの大詩人ウェルギリウスの《ブコリカ》(牛追いの歌,別名《詩選》)はこれをさらに強めたものである。ルネサンスのイタリアでは,ナポリの詩人サンナザーロがこの主題を取り上げて,牧人物語の傑作《アルカディア》を書いた。これより,都会人による牧人生活への憧憬を述べる文学はひとつのジャンルとなり,タッソの《アミンタ》,グアリーニの《情(まこと)ある牧人》,P.シドニーの《アーケイディア》などの文学作品,プッサンの絵画《アルカディアに死す》や,フランス王妃マリー・アントアネットのトリアノンの園遊にも連なっていく。18世紀イタリアでは,文人学者の集いをアルカディアと称し,バロックに対抗し自然を強調した。
執筆者:西本 晃二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ギリシア南部、ペロポネソス半島中央部の県。古代にアルカディアとよばれた地域とほぼ重なる。県都トリポリス。面積4419平方キロメートル、人口10万2700(2003推計)。平均標高1500メートルの丘陵地帯で、最高峰はパルノン山(マレボス山頂で1937メートル)。アルゴス湾西岸沿いに64キロメートルの海岸線をもつほかは、高い山や峡谷が他県との間を分けている。長く孤立した地域であったが、現在はアルゴス―トリポリス―カラマタ鉄道が貫通する。県都トリポリスを中心とする大幹線道路も整っている。おもな産業は農業と牧畜である。G・K・チェスタートン、P・シドニーなどによって多くの小説や詩に描かれ、牧歌的理想郷の代名詞とされている。
[真下とも子]
この地の方言には古い要素が残存しており、言語学的には興味ある地域である。しかし、政治上はあまり重要な役割を果たさなかったと考えられ、ミケーネ時代の遺跡はごくわずかしかない。紀元前6世紀よりアルカディアの諸都市は強引にスパルタの支配を受け、何度かこれに反抗を試みたが失敗した。前4世紀テーベの助力のもとに、ポリビオスの出身地で有名なメガロポリスを設立し、アルカディア同盟を結成したが、まもなくマケドニアの支配に服した。前235年にはアカイア同盟に加入、ローマと戦ったが敗れ、ローマに服属した。アルカディアは諸市間の内紛があって古代ギリシア世界で指導的役割を果たせなかった。しかし、古典期、ヘレニズム時代は傭兵(ようへい)の供給地ならびに諸神の崇拝地として、さらに牧歌的理想郷として有名になった。
[真下英信]
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ギリシアのペロポネソス半島中央部の高地地方。言語,宗教にドーリア人侵入以前の古い要素をとどめた。前4世紀前半テーベの支援で一時政治的統一を果たし,約2世紀にわたるスパルタの支配を脱した。のちアカイア同盟に加入。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…したがってギリシアの歴史上に際だった役割をはたすこともなかった。前4世紀にテーバイのエパメイノンダスの指揮下にアルカディア同盟がスパルタに対抗して結ばれたが,内輪割れがひどく弱体であった。ただアルカディアの傭兵隊は古くから名を知られていた。…
…ナポリでは人文主義者ポンターノの集い(アカデミア)の有力会員として活躍,ラテン詩文に親しみ,自分も《漁夫の歌》(牛追いの歌をナポリ湾の漁夫に趣向をかえたもの),《ウェルギリウスの誕生》などを書いた。しかしその傑作はイタリア語の歌物語《アルカディア》で,心の安らぎの源たる自然を歌って,同名のジャンルをひらいた。アルカディア【西本 晃二】。…
…その意味で歌集の枠を形成する前述の第1および第9歌は形式的にも内容的にも重要な位置を占める。 《詩選》の精神的世界は〈アルカディア〉と呼ばれ,ヨーロッパの詩人によってその後も精神的自由を象徴するイメージとして受けつがれた。ゲーテが《イタリア紀行》の副題に〈我またアルカディアにありき〉という文句を添えているのはその代表的な例である。…
… テオクリトスの名を高め,その後に多くの愛好者と模倣者を生み出した〈牧歌〉は,都会の喧噪から離れた田園的情景の中に繰り広げられる歌好きの牧童の生活を,ときには卑俗なまでになまなましく描き出しており(《牧歌詩集》1,3~7,10,11,14番),大都会の小市民の生活の一断面を描いた作品(同2,15番)と好一対をなす〈ミモスmimos(活写劇)〉的色彩が強い。しかし彼の描く〈田園〉もやはり,外の世界の政治的状況からは隔絶した静寂が得られる閉鎖的空間という,大都市生活者の目からみた理想としての性格を兼ね備えており,場面をアルカディアに移し変えたウェルギリウスの《牧歌》を経て,やがて〈アルカディア〉が単なる〈理想郷〉を意味するようになる端緒はすでにテオクリトスに見いだされることが指摘されている。ほかに神話を題材とする小叙事詩およびサッフォーやアルカイオスの言語と韻律を模した作品等も含む。…
…現在のメガロポリスMegalópolisの北方約1.8kmにある。スパルタに対抗するため,テーバイの将軍エパメイノンダスとアルカディアの住民が協力して,前368‐前367年に〈アルカディア同盟〉の首都として建設し,40の都市や町が植民に参加した。メガロポリスはテーバイやマケドニアと同盟関係にあり,後には〈アカイア同盟〉に加わった。…
※「アルカディア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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