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メノー派 メノーはMennonites

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メノー派
メノーは
Mennonites

16世紀オランダに形成された再洗礼派の一派。ツウィングリ左派のスイス兄弟団に端を発したが,1525年同派より分離し,のちオランダに移ってメノー・シモンズを指導者とした。 T.ミュンツァーの農民戦争やミュンスター暴動などの影響からさまざまな迫害を受けたが,ヨーロッパ全土に広がり現在にいたる。その教義の多くはプロテスタント諸教会と共通しているが,徹底的な無抵抗主義はこの派の特色である。

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百科事典マイペディアの解説

メノー派【メノーは】

再洗礼派に属するプロテスタント・キリスト教の一派。オランダの宗教改革者メノー・シモンスMenno Simons〔1496-1561〕が創始し,北米で教勢を伸ばした。
→関連項目アーミッシュ派

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世界大百科事典 第2版の解説

メノーは【メノー派 Mennonites】

オランダ再洗礼派の指導者メノー・シモンス(ジーモンス)Menno Simons(1496‐1561)の流れをひくキリスト教の一派。クエーカーと並ぶ絶対平和主義の伝統で知られる。メノーはカトリック司祭であったが,ミュンスター再洗礼派王国(1534‐35)を契機に幼児洗礼に疑問をもち,再洗礼派に加わる。しかし,ミュンスターのような武力志向に反対し,新約聖書の暗示する徹底した平和主義を唱えて,多くの信奉者を獲得した。

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世界大百科事典内のメノー派の言及

【カナダ】より

… 広大な国土をもつカナダが,ヨーロッパで異端視されてきたキリスト教改革諸派の運動の場となったのは,アメリカ合衆国と同様であった。その中ではメノー派の勢力が大きく,主としてオンタリオ南部,マニトバ,サスカチェワン,アルバータに群居し,伝統的な反近代的生活態度を守っている。
【政治】

[憲法および立憲体制]
 カナダの憲法は,イギリス法およびその修正条項,勅令,カナダ法とその修正条項,枢密院令,判例および政治慣習で構成される複雑な集合体である。…

【フィラデルフィア】より

…パラグアイのチャコ地方の中央部にあるメノー派入植地の中心地。首都アスンシオンの北西約400kmに位置する。…

【ロシア】より

… 西ヨーロッパから伝わった合理主義的色彩の強い分派もあった。18世紀にウクライナやボルガ下流地方に入植したドイツ人のもたらしたメノー派,19世紀の60年代にやはりドイツ人入植者を中心にウクライナと南ロシアで急速に広まったバプティスト派がそれである。後者はロシア人のあいだでは時禱派(シトゥンディストshtundisty)の名でよく知られた。…

※「メノー派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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