デジタル大辞泉 「もみ」の意味・読み・例文・類語
もみ
「
端正な樹形が美しいマツ科の常緑高木。日本の暖地に分布し,古来庭園に植えられ,材は白色で美しい。高さ40m,径1.5mに達し,幹は通直,太枝をやや斜め上にまっすぐに伸ばし,広円錐形の樹冠をなす。幹の樹皮は灰褐色で,樹脂囊を散布して粘質の樹脂を含み,幹基部では細かく亀裂(きれつ)する。1年生枝は灰褐色で細毛を密生する。針葉は枝に螺生(らせい)し,線形で長さ2~3.5cm,先端は凹形で若木のものは鋭くとがる。春5月に開花し,雄花は樹冠外面の前年枝に多数腋生(えきせい)し,黄緑色。花粉には気囊がある。雌球花は樹冠上部の前年枝上面につき,黄緑色。秋に緑褐色,狭卵状円柱形で長さ9~13cmの球果ができ,苞鱗が種鱗の間から先端を出す。熟すと種・苞鱗はほぐれて飛散し,果軸のみが直立して残る。種子には長い翼があり,1~4年かけてふぞろいに発芽する。秋田県米代川流域から屋久島までの暖帯と温帯下部に分布し,能登半島以東の日本海側には少ない。しばしば純林をなし,またツガとも混生しモミ・ツガ林を形成する。遷移の途中に現れる樹種らしく,大木になるわりに寿命は短く,せいぜい150~200年。木材は辺・心材とも淡黄白色で,まれに傷害樹脂道を有する。耐朽力は乏しいが,色が美しいので葬具,卒塔婆として用いられ,パルプ材にもなる。また庭園樹としても植えられるが,大気汚染に弱い。福島・栃木県境以南の本州中部,紀伊半島中部,四国脊梁山脈にはウラジロモミA.homolepis Sieb.et Zucc.が分布し,高度的には下のモミ,上のシラベ,オオシラビソの間の山地帯を占めるモミ属樹種となっている。1年生枝は無毛で,針葉基部が沿下し浅い縦溝ができる。球果は長さ7~12cmの円柱形で暗紫色を呈し,苞鱗はまったく超出しない。モミとの間に浸透交雑をした多数の中間型がみられる。
モミ属Abies(英名fir)は北半球の暖帯から亜寒帯に約40種が分布し,とくに亜寒帯ではトウヒ属樹種とともに常緑針葉樹林を構成する。北アメリカ北東部のバルサムモミA.balsamea(L.)Mill.(英名balsam fir,eastern fir)は樹皮から樹脂,すなわちカナダバルサムを採るので名高い。北アメリカ西部のグランドモミA.grandis Lindl.(英名grand fir)は高さ100mに達し,コロラドモミA.concolor Lindl.ex Hildbr.(英名Colorado fir,white fir)は針葉の両面とも銀白色を呈する。ヨーロッパ中・南部にはヨーロッパモミA.alba Mill.(英名silver fir)が分布し,ドイツ,フライブルク近郊のシュワルツワルトSchwarzwald(“黒い森”)にも多く見られる。
執筆者:濱谷 稔夫
モミの木というとクリスマス・ツリーや,《おおモミの木》という有名なクリスマスの歌を思い浮かべる人は多いはず。クリスマス・ツリーはドイツ文化圏に起源をもつといわれる。しかし,ツリーを立てる風習が全ドイツに行き渡ったのは19世紀のことにすぎない。ウェーバー・ケラーマンI.Weber-Kellermannの説によると,ツリーが最初に見られるのは一般家庭の中でなく,16世紀ブレーメンの職人組合(ツンフト)の祭りの習俗だという(《クリスマス祭》1978)。モミの木は四季を通して緑の葉をつけるところから,闇と死と寒さの支配する冬の世界にあって,希望と堅実さのシンボルとして,ゲルマン人に古くから崇拝された。したがって南西ドイツのエッテンスミュンスターには,キリスト教の聖人タンドリンが古いモミの木を切り倒してその木から十字架を作ったとき,怒った異教徒らに殺されたというような伝説も残っている。またモミの木がいつも緑の葉をつける由来については,次のような伝説が語られている。イエス・キリストが雨の折に森の中を通ったとき,モミの木だけが主の上に枝を広げて雨を防いだ。この礼に主が冬にも夏と同じように緑の葉を出すことを許したという。
ドイツの多くの地方でモミの木は家の棟上式のときに破風の上につけられる。家の屋根ができ上がったとき,近所の娘たちが飾り立てたモミの木をもって家のまわりを3度まわった後,大工が上に引き上げ,祝辞とともにはり(梁)に打ちつける。生長の霊をもつものとして,モミの木は新しい家を守護する役目をおびていたらしく,同様にモミの枝を家の扉や家畜小屋の前において悪疫よけにすることも多い。また北ドイツのリュホフでは〈花嫁のろうそく〉と呼ばれる若いモミの木に,2本のろうそくをつけ結婚式にかかげて使う習俗がある。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
マツ科(分子系統に基づく分類:マツ科)の常緑針葉高木。日本特産種。大きいものは高さ45メートル、径2.5メートルに達する。若木は円錐(えんすい)形であるが、老樹では広卵状円錐形となる。樹皮は暗灰色で鱗片(りんぺん)状に剥離(はくり)する。枝は太く、水平に開出する。一年生枝は、若木では灰黒褐色の軟細毛を密生する。葉は線形で長さ2~3.5センチメートル、先端は円形またはかすかにへこみ、若木の葉は先端が1裂する。雌雄同株。5月、開花する。雄花は前年枝の葉腋(ようえき)につき、円筒形で黄緑色。雌花は緑色で、前年枝上に直立する。球果は円柱形で長さ10~15センチメートル、径3~5センチメートル、初め緑色であるが、10月ころ熟して灰色または灰褐緑色に変わる。種鱗は半円形で径約2.5センチメートル。包鱗は線状披針(ひしん)形で先端は鋭くとがって露出するが、反曲はしない。種子は倒卵状くさび形で長さ6~9ミリメートル、翼はくさび形で長さは種子の約2倍である。山地に広く生え、群落をつくることが多い。岩手・秋田両県以西の本州から九州の屋久(やく)島まで分布する。
耐陰性があり、深根性で谷間や緩傾斜地の適潤な深層の肥沃(ひよく)地をもっとも好み、旺盛(おうせい)に成長する。全国的には適潤性褐色森林土に多く生育する。芽生えてから約10年間くらいは成長がきわめて遅いが、その後60~80年くらいまではよく生育し、以後しだいに衰えて100~150年で枯死するものが多い。木は庭園や社寺の境内などに植えられ、クリスマス・ツリーにも使われる。材は淡黄白色、軽くて柔らかく、加工が容易であるものの割れやすく、狂いが出て保存性が低いが、建築、器具、機械、楽器、船舶、パルプなどに利用する。とくに柩(ひつぎ)、葬具、卒塔婆(そとば)、護摩(ごま)札、祭神具などに賞用される。
モミのほか、日本に自生するモミ属植物にはオオシラビソ(アオモリトドマツ)、シラビソ(シラベ)、ウラジロモミ(ダケモミ)、トドマツがある。オオシラビソは本州の中部地方以北の亜高山帯に群生し、高山帯にも低木となって生育する。球果は大形で卵状楕円(だえん)形、紫藍(しらん)色を呈する。包鱗(ほうりん)は種鱗(しゅりん)より短く、外に現れない。シラビソは本州(福島県以南奈良県まで)の亜高山帯、まれに高山帯に群生し、四国の亜高山帯には変種のシコクシラベがある。球果は円柱形で青黒紫色を呈し、包鱗は半月形で、通常、種鱗の間から飛び出し、先端が反り返る。ウラジロモミは本州(福島県南部から紀伊半島まで)と四国の低山帯上部から亜高山帯の下部にわたって分布する。球果は長楕円柱形で、初め紫色で、成熟するとやや黄褐色を帯びる。トドマツはアカトドマツとアオトドマツの二つの変種に分かれ、基本種はアカトドマツである。ともに北海道、千島列島南部、樺太(からふと)(サハリン)、カムチャツカに分布するが、アカトドマツは北海道の日高以北に分布し、アオトドマツは渡島(おしま)半島の先端近くまで分布する。アカトドマツでは包鱗と種鱗がほぼ同長でまっすぐか、またはすこし反曲し、先端が尾状に突出する。アオトドマツの包鱗は著しく露出し、反曲する。林業その他一般では両者を区別せずトドマツといっている。
[林 弥栄 2018年5月21日]
古代のゲルマン民族はヨーロッパモミの老樹を神聖視し、冬季にはその枝を天井から吊(つ)るしたり、部屋の中に挿した。8世紀キリスト教の布教に赴いた聖ボニファティウスはそれを切り倒して、改宗を説いたが、常緑の樹木崇拝は、クリスマス・ツリーの形で、キリスト教行事のなかに受け継がれた。ヨーロッパモミはドイツ中部以南に分布し、北欧やイギリスには自生しない。したがって、それらの地方の文学などでモミと訳されているのは、ドイツトウヒ(オウシュウトウヒ)Picea abies (L.) Karst.かオウシュウアカマツ(ヨーロッパアカマツ)Pinus sylvestris L.である。英語でモミをさすfirは、19世紀ごろまでモミ、トウヒ、マツの総称として使われていた。現在でもオウシュウトウヒの英名にspruce fir、オウシュウアカマツに scotch firが用いられることがある。
日本では平安時代初期から記録され、モムノキ(『新撰字鏡(しんせんじきょう)』901ころ)ともよばれた。モミの名は『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(931~938ころ)にみられる。
[湯浅浩史 2018年5月21日]
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