平安前期にできた日本最初の漢和薬名辞書。大医博士深根輔仁(ふかねのすけひと)が醍醐天皇の勅命をうけて延喜年間(901-923)に著した。《和名本草》《新抄本草》などの書名のほか,《輔仁本草(ほにんほんぞう)》の名もあった。当時の官医のテキストであった唐の《新修本草》を主体とし,その他の書籍に収載されている薬物の漢名に和名を当て,和産の有無,産地を注記してあり,平安前期の日本国内の動・植・鉱物名を知るうえに重要な資料となっている。ただし,その同定に今日からみて誤りのみられるものがあるのは,いたしかたない。平安後期の《医心方》第1巻の諸薬和名は本書の引用である。刊本としては,多紀元簡(たきもとやす)が江戸幕府紅葉山文庫に古写本を発見し,諸書を参照して校訂を加え刊行した1796年(寛政8)刻本(1802(享保2)市販)の上下2冊本があり,それに訂正を加えた一本を底本とした《続群書類従》本があるが,それぞれ若干の相違があって,原形を決める復元定本はまだ刊行をみない。
執筆者:宗田 一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…これは,唐の《新修本草》に従い,254種の動・植・鉱物性薬の調製,保存および適応を記したものである。いま一つ,よく知られたものとして,深根輔仁(ふかねのすけひと)の《本草和名(ほんぞうわみよう)》(918)がある。これは,鉱物性薬81種,植物性薬509種,動物性薬182種の和名を収録したものである。…
…そのころは生薬は輸入品で貴重であったため,国産の代用品を探索,開発する努力が行われ,《万葉集》に薬猟(くすりがり)の歌が記されている。本邦最初の本草書は《本草和名》(深江輔仁,918)で,和漢名を対照し,和産の有無,産地が記されている。江戸時代には医療の普及によって生薬研究が著しく進歩し,本草学,やがて博物学へと発展した。…
…輔仁は医学を典薬頭菅原行貞に学び,左衛門医師より権医博士,大医博士に累進した。著書に,日本最初の薬名字書《本草和名(ほんぞうわみよう)》をはじめ,《養生鈔》《掌中要方》などがある。【宗田 一】。…
※「本草和名」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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