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モリスコ

百科事典マイペディアの解説

モリスコ

イベリア半島でキリスト教諸王朝の下に居住したイスラム教徒。〈小さなムーア人〉の意。本来,イスラムに改宗したイベリア住民全般の呼称であったが,1492年最後のイスラム朝グラナダ王国陥落後もキリスト教支配下に留まったイスラム教徒をモリスコと呼ぶようになった。
→関連項目アルメリアアンダルシアバレンシア(スペイン)フェリペ[3世]

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世界大百科事典 第2版の解説

モリスコ【morisco[スペイン]】

〈小さなムーア人〉を意味する語で,キリスト教徒治下のイベリア半島に居住したイスラム教徒を指す。元来はイスラムに改宗したスペイン人の呼称であった。従来レコンキスタ(国土回復戦争)の後もキリスト教徒の地にとどまっていたイスラム教徒はムデーハルと呼ばれていたが,1492年のグラナダ陥落以後,彼らはモリスコと呼ばれるようになった。以後モリスコの歴史は迫害・反乱・追放のそれであった。それは,信教の自由を保証したグラナダ降伏条約の廃棄に続いて,99年枢機卿ヒメネス・デ・シスネロスのグラナダでのイスラム文献焼却に始まる。

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世界大百科事典内のモリスコの言及

【アンダルス】より

…奴隷はサカーリバsaqāliba(スラブslavからなまったもの)といわれ,おもにヨーロッパ諸国(フランス,ドイツ,ロシア)から戦争捕虜として,また商品としてもたらされ,宮廷における家事奴隷として,また諸君主の親衛隊として活動した。なおレコンキスタの過程でキリスト教の支配を受けたムスリムをムデーハル,1492年以後の半島におけるムスリムをモリスコという。前者はキリスト教社会に融合し,経済・文化の発展に貢献した。…

【フェリペ[3世]】より

…1609年に長年の懸案となっていたオランダの独立運動を鎮めるために,反徒と12年間休戦協定を結んで妥協したのをはじめ,列強との融和を図ったおかげで,この治世中スペインは比較的平和な時代を享受した。また,同年に同化の困難なモリスコ(キリスト教に改宗したムーア人)を50万人も追放し国内統一の強化に努めたが,その代償として,有能な農業労働者を失った。寵臣レルマ公爵に政務を任せて遊芸にふけり,晩年には三十年戦争に介入して,スペインの没落を早めた。…

※「モリスコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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