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モルモン教 モルモンきょうMormonism

翻訳|Mormonism

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モルモン教
モルモンきょう
Mormonism

1830年アメリカの J.スミスが創始した新宗派。正式には「末日聖徒イエス・キリスト教会Church of Jesus Christ of Latter-Day Saintsという。神によってアメリカ大陸の古代住民に与えられたといわれる預言の書『モルモン書』 The Book of Mormonを聖書に次ぐ聖典とする。その教義は,自己の教会だけの正統性の主張,永遠に分離した位格から成る三位三体の信仰,世界の末日まで繰返し行われる啓示への信仰などを特色とする。創設当初は一夫多妻を教義としていた (1890廃止) ほか,禁酒運動など,時代の風潮に対処する特色ある教えを展開。教会設立当初は社会通念にふれる行動が多く,各地で迫害を受け,スミスも 44年暴徒に殺された。スミスの後継者 B.ヤング (1801~77) は信徒だけの新しい天地を開くため,ロッキー山脈を越えてグレートソルト湖渓谷の未開墾の地に町をつくり (現在のソルトレークシティー,信徒は「新シオン」と呼ぶ) ,ここを中心に活発な布教活動を開始した。世界各地に教会を建て,会員数約 1000万。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

モルモン教

正式名称は末日聖徒イエス・キリスト教会。1830年、米ニューヨーク州でジョセフ・スミスによって設立された。西部開拓時代には迫害され、たどり着いたユタ州ソルトレークシティーに本拠を構えた。教会本部によると、世界185カ国で教会員は1400万人。米国では600万人余りで、国内の宗教団体として4番目の規模。日本では十数万人とされる。世界で約5万2千人が布教に従事している。カトリックにもプロテスタントにも属さない立場で、「モルモン書」を旧約聖書新約聖書と並ぶ聖典に位置づける。草創期には一夫多妻を認めていたが、1890年に禁止。30年あまり前まで、黒人を司教に任命しないなどの措置をとり、人種差別的と批判された。

(2012-04-29 朝日新聞 朝刊 3総合)

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デジタル大辞泉の解説

モルモン‐きょう〔‐ケウ〕【モルモン教】

Mormonism》末日聖徒イエス‐キリスト教会の俗称。1830年に米国のジョセフ=スミスが神の啓示を受けたとして創立した傍系的キリスト教の一派。聖書のほかに「モルモンの書」をも正典とする。初期には一夫多妻主義が主張されたが、1890年に廃止。本部はユタ州ソルトレークシティー。第二次大戦後、日本でも伝道。

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百科事典マイペディアの解説

モルモン教【モルモンきょう】

〈末日聖徒イエス・キリスト教会Church of Jesus Christ of Latter-Day Saints〉の通称。米国のスミスJoseph Smith〔1805-1844〕が創始したプロテスタントの一派。
→関連項目オグデンビンガムプエブロユタ[州]

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世界大百科事典 第2版の解説

モルモンきょう【モルモン教 Mormons】

〈末日聖徒イエス・キリスト教会Church of Jesus Christ of Latter‐Day Saints〉の俗称。1830年スミスJoseph Smith(1805‐44)によって創立された。スミスが発見したとされるアメリカ大陸の古代住民に神から与えられた《モルモン経》を旧新約聖書とならぶ経典として重要視し,シオン(神の国)がアメリカ大陸に樹立されることを信じる。ニューヨーク州で始まったが迫害を受けてオハイオミズーリイリノイなどを経て,47年ついに安住地ユタに入り,ソルト・レーク・シティを中心に,殺されたスミスの後継者B.ヤングの指導のもとに独特な共同体を建設した。

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大辞林 第三版の解説

モルモンきょう【モルモン教】

末日聖徒イエス-キリスト教会の通称。1830年アメリカ人ジョセフ=スミス(Joseph Smith1805~1844)が創唱。「モルモン経」を聖典とする。初期には一夫多妻を認めていた。アメリカ、ユタ州で勢力をもつ。日本には1901年(明治34)に伝来。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モルモン教
もるもんきょう
MormonsMormonism

1830年にアメリカ合衆国に設立されたプロテスタントの一派。モルモン教として知られる宗教運動にはいくつかの教派があり、そのすべての起源は創唱者ジョセフ・スミスにさかのぼることができる。スミスは天使モロニイから黄金の板について啓示を受けたとし、これに書かれていた文字を翻訳、1830年『モルモン経(けい)The Book of Mormonを出版した。同年ニューヨーク州の法律のもとで正式に教会The Church of Christが設立され、1838年には名称を「末日聖徒イエス・キリスト教会」The Church of Jesus Christ of Latter-day Saintsに変更した。この教派はのちにユタ州ソルト・レーク・シティに本部をもつ最大のグループとなるが、モルモン教の流れに属する2番目に大きい教派は、ミズーリ州インディペンデンスに本部をもつ「末日聖徒再編教会」The Reorganized Church of Jesus Christ of Latter-Day Saintsである。
 初期には一夫多妻(1890年に公式の宣言によって廃止)などの主張が迫害を受け、ニューヨーク州からオハイオ州カートランド、ミズーリ州インディペンデンス、イリノイ州と各地を転々とした。イリノイ州ナウボーで、スミスのもつ強大な権力が人々の反感を買い、彼は牢獄(ろうごく)に監禁された後、暴徒に殺害された。後継者ブリガム・ヤング(1801―77)がリーダーとなり、安住の地を求めてロッキー山脈を越えて最終目的地ソルト・レークの大渓谷に移住、市を建設して、大家族を中心に農業、産業をおこし、一円をユタ州にまで発展させた。
 スミスは人間の運命の決定にあたって人間の自由の役割を強調したが、これはメソジスト、バプティストに共通する点であり、そのほか千年王国(至福千年)説、信仰復興運動、禁酒運動などの時代の風潮に対応して多様な教義を包括している。
 モルモン教の教義のなかで重要なものとして、「初代教会へ戻れ」という復古主義と再臨待望があげられる。1990年ごろから、バプティスト派、カトリック教会、ディサイプル、ルター派教会(ルーテル派教会)、メソジスト派とともにアメリカにおけるキリスト教の六つの主要グループの一つといわれている。1995年時点で、アメリカのモルモン教の信徒数は、末日聖徒再編教会などを含めると500万人を越え、人口の約2%を占めている。聖書を聖典の一つにしているが、キリスト教ではなく、「新しい宗教」とする説もある。[野村文子]
『生駒孝彰著『アメリカ生れのキリスト教』(1981・旺史社) ▽高山真知子著「アメリカ史の謎――モルモン教における叙事詩の発生と一夫多妻制度の意味」(井門富二夫編『多元社会の宗教集団』所収・1992・大明堂) ▽Klaus J. Hansen Mormonism and the American Experience(1981, University of Chicago Press) ▽Jan Shipps Mormonism――The Story of a New Religious Tradition(1985, Illinois University Press)』

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世界大百科事典内のモルモン教の言及

【スミス】より

モルモン教(正称は末日聖徒イエス・キリスト教会)の開祖。1820年以後啓示を受け,これを《モルモン経Book of Mormon》として出版,同時に教会を組織した(1830)。…

【ソルト・レーク・シティ】より

…人口17万2000(1994),大都市域人口113万(1992)で,同州人口の約55%に当たる。1847年東部から来たモルモン教徒がグレート・ソルト湖の南東約25kmの地点に定住し,町の礎を築いた。周辺を山岳,荒野,塩湖などに囲まれ,駅馬車や大陸横断鉄道の重要な中継地となった。…

※「モルモン教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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