フランスの作家アルフレッド・ジャリの戯曲。五幕散文劇。1896年初演。主人公ユビュはマクベス夫人を気どるユビュおっ母(かあ)に唆されて王位簒奪(さんだつ)者となり、貴族を皆殺しにして「お宝」を奪うが、逆に追われる身となり諸国を流浪する。「糞(くそ)ったれ」の語で始まり、全編卑語、造語、古語の飛び交うこの劇は、神秘主義的サンボリスム劇を期待した当時のブルジョアを憤激させ、一大スキャンダルとなった。従来の形式、美学、演劇性などいっさいを無視したところに、ある不条理なものの体現として成立したこの作品は、シュルレアリストを中継者として、今日イヨネスコらの、いわゆる反演劇(不条理劇)の源流とみなされ、各国で繰り返し上演されている。
[大崎明子]
『竹内健訳『ユビュ王』(1965・現代思潮社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ブルターニュで育ち,12歳から詩作を試み,高校の教師ユベールをモデルに人形劇を書く。1891年パリへ出て象徴主義に加わり,演出家リュニェ・ポーの秘書となって旧作の人形劇を書きかえた《ユビュ王》を96年に上演させる。幕あきの第一声〈糞たれ!〉は怒号と嘲笑で迎えられるが,悪徳の塊のユビュ親父は既成の道徳や美意識を破壊する新しい人間像として,後にダダやシュルレアリストに高く評価される。…
…しかし,それはヨーロッパ演劇における最初の〈解体の演劇〉であり,マラルメの問題意識の射程の長さは,現代の演劇についてのラディカルな問いを予告していた。またこの土壌が生んだクローデルの劇作は,当時上演されなかったものの,象徴主義演劇の潜在的可能性を豊饒な演劇的宇宙につなげていたし,リュニェ・ポーが初演してスキャンダルを巻き起こしたジャリの《ユビュ王Ubu roi》は,一方でイェーツのアイルランド土着神話への回帰と,他方で20世紀初頭のダダとシュルレアリスムの先駆をなすものであった。のちのコポーのビュー・コロンビエ座の運動もマラルメを指標としたし,アルトーさえ,ある意味では象徴派の開いた地平で思考している。…
…いわば,その後60年代から70年代前半にかけての世界的規模での前衛劇運動の高まりの原動力となったものであり,また狭義にはこの一連の動きのみをいわゆる〈前衛劇〉と考える人も少なからずいるという点で,いずれにせよこれらの新しい演劇は,20世紀演劇における前衛精神を考える上では,とりわけ大きな意味をもつということができるだろう。
[不条理劇の出現とその世界的な影響]
〈不条理劇〉あるいは〈アンチ・テアトル〉の源泉は,世紀末のA.ジャリ作《ユビュ王Ubu Roi》の上演(1896)にさかのぼるというのが定説となっている。ポーランドという場所の指定がありながらも,かつ〈世界のどこの場所でもなく〉,開幕早々〈糞ったれ!〉という挑発的文句で観客を驚倒させたこの舞台は,のちのシュルレアリスト(シュルレアリスム)たちの演劇の指針となった。…
…白塗り白衣装のこの〈月に憑(つ)かれたピエロ〉の姿の中に,当時の詩人,画家,作曲家たちはブルジョア社会において疎外された芸術家の自画像を読みとった。しかし,A.ジャリの《ユビュ王》(1896)が青ざめたピエロとは逆の,荒々しいパンチ(棍棒で女房ジュディを殴りつける)風の道化を提示したのを前触れとして,20世紀初頭には,コメディア・デラルテの道化たちがにぎやかに復活した。すなわち,メイエルホリドの演劇,ストラビンスキーとロシア・バレエ団(バレエ・リュッス),ピカソやルオーの絵画などである。…
…糞や排便行為を笑いに盛りこんだのはほかにも少なくなく,中世ドイツ民話ティル・オイレンシュピーゲルにも散見され,ラブレーの《ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語》の《第一之書ガルガンチュア》第13章は排便後のしりを何で拭くかの長々しい話で埋まっている。近くはスキャンダルを巻き起こしたジャリの《ユビュ王》(1896上演)があり,〈くそったれ!〉で始まって造語を縦横に駆使しながら,性と排泄に絡む人間共通の自然を笑いの中に提示した。続編《丘の上のユビュ》では〈くそ〉の大合唱が入る猥雑(わいざつ)さである。…
…1893年にM.メーテルリンク《ペレアスとメリザンド》を初演出するとともに,芸術座を制作座に改名して引き継ぎ,その指導者となった。H.イプセン,B.ビョルンソン,A.ストリンドベリ,G.ハウプトマン,G.ダヌンツィオなどの作品を演出したが,彼の名が演劇史上に残るのは,96年,のちの前衛劇の祖型ともされるA.ジャリ《ユビュ王》の初演によってである。またこのころ,O.ワイルドの《サロメ》もプロデュースしている。…
※「ユビュ王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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