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ラスキ ラスキ Laski, Harold Joseph

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラスキ
ラスキ
Laski, Harold Joseph

[生]1893.6.30. マンチェスター
[没]1950.3.24. ロンドン
イギリスの政治学者。イギリス労働党の理論的指導者。両親はポーランドユダヤ人。1914年オックスフォード大学ニューカレッジを卒業。1914~16年カナダマギル大学,1916~20年アメリカ合衆国ハーバード大学で政治学を講義。

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デジタル大辞泉の解説

ラスキ(Harold Joseph Laski)

[1893~1950]英国の政治学者。ロンドン大学教授。労働党執行委員長を長く務め、同党左派の理論的指導者。初期は多元的国家論を、晩年には計画的民主主義を唱えた。著「政治学大綱」「近代国家における自由」など。

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百科事典マイペディアの解説

ラスキ

英国の政治学者。ロンドン大学教授。イギリス労働党全国執行委員,委員長を歴任。初め多元的国家論者,後に一時マルクス主義に近づいたが最後は西欧的社会主義の立場からプロレタリアートの独裁を批判した。
→関連項目レフト・ブック・クラブ

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世界大百科事典 第2版の解説

ラスキ【Harold Joseph Laski】

1893‐1950
イギリスの政治学者。マンチェスターに生まれる。1914年オックスフォード大学卒業後渡米し,カナダのマッギル大学,ハーバード大学などで近現代史を講義する。20年帰英し,G.ウォーラスの後任としてロンドン大学で政治学を講義し,26年教授となる。同年フェビアン協会に入り,イギリス労働党に入った。その後は党左派の理論家として,36年党執行委員,45‐46年委員長となるなどの要職を務め,実際政治においても活躍した。

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大辞林 第三版の解説

ラスキ【Harold Joseph Laski】

1893~1950) イギリスの政治学者。労働党の理論家・指導者として活躍。多元的国家論を主張。のち個人の自由と計画経済の調和をめざした。著「政治学大綱」「国家」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラスキ
らすき
Harold Joseph Laski
(1893―1950)

イギリスの政治学者。マンチェスターの富裕なユダヤ系木綿貿易商の次男として生まれる。1914年、オックスフォード大学卒業後、カナダのマッギル大学、アメリカのハーバード大学講師を務め、1920年に帰国し、ロンドン政治経済学校講師、1926年ロンドン大学政治学教授となる。同年、フェビアン協会に入会、またイギリス労働党に入党、1936年には労働党執行委員、1945~1946年には中央委員長となり政治家としても活躍した。
 ラスキの政治学の特色は、民主主義と自由の尊重・保障を重視するイギリス伝統の自由民主主義(リベラル・デモクラシー)、議会制民主主義を基調にしつつ、それらに社会主義やマルクス主義の提起した新しい社会的平等、弱者救済の立場を加味したいわゆる社会(的)民主主義(ソーシャル・デモクラシー)を展開した点にある。彼が、20世紀を代表する政治学者とよばれるのはこのためである。
 ラスキの研究の出発点は、当時、世界的に政治学の重要テーマとなっていた国家論の解明に置かれ、17世紀の近代国家形成時点以来の国家権力と自由をめぐる問題に取り組んでいる。その際、国家の思想的、歴史的、構造的分析がなされている点に、彼の学問的視野の広さがうかがわれる。この時期の著作としては『主権の問題』(1917)、『現代国家における権威』(1919)、『主権の基礎』(1919)などがあるが、1925年の『政治学大綱』は、上記の著作を集大成し、多元的国家論の立場を確立したものであり、またそこには社会主義に対する理解もみられる。ラスキのマルクス主義への共感は『カール・マルクス』(1924)、『共産主義』(1927)などにみられるが、彼の立場は、あくまでもイギリス流の社会(的)民主主義であり、マルクス主義を批判的に学んだものといえよう。
 しかし、1930年代に入り、世界大恐慌が勃発(ぼっぱつ)するなかで、ドイツ、イタリア、日本などに軍国主義的・独裁的ファシズム国家が台頭してきたこと、また資本主義国家が経済的危機に直面して利潤追求・資本の論理をますます強め、国家権力による人権や自由の抑圧という傾向が進行していた状況をみて、ラスキは、この時期、マルクス主義的階級国家論へ著しく傾斜し、労働党内でも左派の理論的指導者となっていった。『近代国家における自由』(1930)では、自由を保障するために権力の制限や思想・言論の自由が依然必要であること、また自由の条件としては平等の実現が絶対に必要であることを力説し、国家の地位を政党、組合、教会、市民団体などの集団に対して絶対的優位のものとするヘーゲル流の絶対的国家観に反対している。また『危機に立つ民主主義』(1933)はファシズム批判の書であり、『国家』(1935)では階級国家論を取り入れ、暴力革命の不可避性すらも唱えていた。
 しかし、その後は、『現代革命の考察』(1943)にもみられるように、暴力革命論は後退し、「同意による革命」を実現可能なものとして主張し、社会主義政党が国民多数の支持を得て議会で多数を占め、平和的に社会主義への道を実現する方向を示唆している。にもかかわらず、彼は、『信仰・理性・文明』(1944)において、戦争の教訓を学び取っているのはソ連一国であると指摘し、『アメリカの民主政治』(1948)では、資本主義国家の民主主義に強い批判的態度を示している。このように、ラスキは、自由主義・民主主義とマルクス主義・社会主義との関係を終生問い続けた思想家であったといえよう。[田中 浩]
『石上良平訳『国家』(1952・岩波現代叢書) ▽堀真清訳『ファシズムを超えて――一政治学者の戦い』新版(2009・早稲田大学出版部) ▽ラスキ著、飯坂良明訳『近代国家における自由』(岩波文庫) ▽小笠原欣幸著『ハロルド・ラスキ』(1987・勁草書房)』

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世界大百科事典内のラスキの言及

【アメリカのデモクラシー】より

…イギリスの政治学者で労働党の理論的指導者であるH.J.ラスキが著したアメリカ論。1948年刊。…

【国家】より


[多元的国家観]
 理想主義的国家一元論に対する批判として,おもにイギリスに現れた国家観で,国家の他の社会集団に対する絶対的優位性を拒否し,国家を他の経済的,文化的あるいは宗教的諸集団と同様に特定の有限な目的をもつ集団の一つであるとみなす立場である。この立場は主として,バーカーE.Barker,G.D.H.コール,H.J.ラスキらによって主張された。多元的国家観は,まず国家と全体社会を同一視することを拒否し,国家は全体社会からみれば,その機能の一部を分担する部分社会にすぎないとする。…

【レフト・ブック・クラブ】より

…1936年5月,人民戦線に文化的・大衆的基盤を提供する目的で設立された。V.ゴランツ,E.J.ストレーチー,H.J.ラスキが選者となり,ファシズム,戦争,貧困を扱う選書を毎月配布し,機関紙《レフト・ニューズ》を発行,最盛期には5万7000の会員と1500の討論集団を擁した。労働党から支持されず,独ソ不可侵条約後は共産党との関係で指導部が分裂,48年10月解散。…

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