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ランコビッチ ランコビッチ Ranković, Aleksandar

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ランコビッチ
ランコビッチ
Ranković, Aleksandar

[生]1909.11.28. ベオグラード近郊ドラジェバッツ
[没]1983.8.19. ドブロブニーク
ユーゴスラビアの政治家。 1928年共産党に加入,数回の入獄を繰返した。チトーの側近としてセルビアで活躍し,40年党政治局員に就任。第2次世界大戦中はパルチザン戦争の指揮官の一人。 46~53年副首相兼内相として秘密警察網を完成。

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ランコビッチ
ランコビッチ
Ranković, Svetolik

[生]1863.12.7. モシュタニツァ
[没]1899.3.18. ベオグラード
セルビアの小説家。短編集『人生の絵図』 Slike iz života (1904) ,長編小説『森の王』 Gorski car (1897) ,『ついえた理想』 Porušeni ideali (1900) などがある。

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百科事典マイペディアの解説

ランコビッチ

ユーゴスラビアの政治家。労働運動非合法共産党活動に従事し1929年―1935年逮捕。第2次大戦中,対独抵抗運動を指導し独軍に捕らえられた。戦後は内相,副首相,ユーゴ共産党書記としてチトーに協力,国内治安確保に活躍,1963年―1966年副大統領

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ランコビッチ
らんこびっち
Aleksandar Rankovi
(1909―1983)

旧ユーゴスラビアの政治家。セルビア南部出身。労働運動を経て1928年に共産党に加入、1937年にセルビアの党書記に任命され、パルチザン戦争指導部にも参加した。1946年内相、1953年副首相、1963年副大統領となり、1960年から党書記をも兼任し、チトーの後継者とみられたが、1966年に保安機関を使って自主管理制度を妨害していたとして、その地位と党から追放された。[木戸 蓊]

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