リボフ(英語表記)L'vov

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リボフ
L'vov

ウクライナ西部,リボフ州の州都。ポーランド語名ルウフ Lwów,ドイツ語名レンベルク Lemberg。ポーランドとの国境から約 60km,ブーグ川とドネストル川を分けるポドリスク丘陵上に位置する。 1256年ガリチア公ダニール・ロマノビッチが建設し,以降ガリチア地方の中心都市として繁栄。カルパート山脈北麓を通る東西路,およびカルパートの峠を越えて南のハンガリー平原へ達する南北路を押さえる交通の要衝にあたり,幾度も戦場となった。 1340~1772年はポーランド領,その後オーストリア領,1919年再びポーランド領となったが,1939年9月にはモロトフ=リッベントロップ協定によりソ連軍が進駐,第2次世界大戦ではドイツ軍に占領され,1945~91年ソ連領。西ウクライナの工業中心地で,バス,フォークリフト,農業機械,テレビ,コンベヤ,製油,ガラス,織物,食品,家具,塗料,化粧品などの工業がある。ウクライナ文化を継承し,リボフ大学 (1661) をはじめ,多くの高等教育・研究機関,オペラ劇場,博物館などがある。 13~18世紀の建築記念物が多数現存する旧市街は,1998年世界遺産の文化遺産に登録。鉄道,ハイウェーの分岐点で,空港もある。人口 80万 2000 (1991推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

リボフ

ウクライナ西部の都市。ウクライナ名はリビフL'viv。ポーランド名はレブフ。ポーランド国境の古都。西ブグ川とドニエストル川分水界にある。自動車,テレビ,農業機械,ガラス,製油,楽器,繊維などの工業が行われる。大学(1661年創立)があり,16世紀末からウクライナ・カトリックの総本山がおかれ16―17世紀の聖堂が残っている。1256年創設。14世紀ポーランド領。1772年オーストリア領。1919年―1939年ポーランド領。1939年以後ソ連領。1989年には反ソ連運動の拠点にもなっており,ウクライナ国内でも最も反ロシア感情が根強い。なお,歴史地区は1998年と2008年世界文化遺産に登録された。72万9842人(2012)。

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世界大百科事典 第2版の解説

リボフ【L’vov】

ウクライナ北西部,同名州の州都。人口80万2200(1991)。鉄道,自動車道路の分岐点で空港もある。ポーランドとの国境に近く古都として名高い。ドイツ語ではレンベルクLemberg,ポーランド語ではルブフLwówという呼び名が示すように,ロシア,オーストリア,ポーランドなどいくつかの国家の支配を経験した。市の歴史は古く,1256年に《ガーリチ・ボルイニ年代記》に都市として記されている。1349年以降は,ハンガリーの支配下にあった17年間(1370‐87)を除き,ポーランドに属した。

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