ロートブラット(英語表記)Rotblat, Joseph

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロートブラット
Rotblat, Joseph

[生]1908.11.4. ポーランドワルシャワ
[没]2005.8.31. イギリス,ロンドン
ポーランド生まれのイギリスの物理学者。パグウォッシュ会議創設者・会長。 1932年ワルシャワのポーランド自由大学で修士号,1938年ワルシャワ大学で博士号を取得。 1939年イギリスリバプール大学教授。 1944年アメリカのロスアラモスで進められた原爆開発を目指すマンハッタン計画に参加したが,ナチス・ドイツには原爆をもつ意志がないことを知り,計画参加の条件としていた信頼が裏切られたとして計画から離脱してリバプールに戻った。第2次世界大戦後はイギリスの市民権を得て,放射線医療の研究に傾注,1950~76年ロンドン大学セント・バーソロミュー医学校教授。 1955年バートランド・A.W.ラッセルによる核兵器拡大の批判宣言にアルバート・アインシュタインらとともに署名 (→ラッセル=アインシュタイン声明 ) 。この宣言が 1957年のパグウォッシュ会議の創設につながる。 1995年には核廃絶を目指すパグウォッシュ会議とともに,ノーベル平和賞を受賞。原子物理学や世界平和などに関する著作がある。

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百科事典マイペディアの解説

ロートブラット

ポーランドおよびイギリスの国籍をもつ物理学者。ポーランドのワルシャワ生れ。ワルシャワ大学で物理学の博士号を取得。1930年代にイギリスへ渡り,リバプール大学でサイクロトロンの研究に関わった。のちアメリカの原子爆弾開発プロジェクト〈マンハッタン計画〉に参加するが,核兵器への疑問から1944年に離脱。1955年の核兵器廃絶を目指す〈ラッセルアインシュタイン宣言〉に署名した。1957年には核兵器と戦争の廃絶を訴えるパグウォッシュ会議(科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議)の創設に参加し,同会議の事務局長を経て,1988年に会長となる。1995年にパグウォッシュ会議とともにノーベル平和賞を受賞した。日本をたびたび訪れ,国民がヒロシマ・ナガサキの記憶を継承することを称賛し,核兵器廃絶を強く訴えた。なお,イギリス国籍を取得しており,ポーランドとの二重国籍であった。ロンドン大学教授を務め,同大学名誉教授。主著は《核戦争と放射線》,編著として《科学者の役割》がある。

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大辞林 第三版の解説

ロートブラット【Joseph Rotblat】

1908~2005) イギリスの物理学者。ポーランド生まれ。核分裂の研究からマンハッタン計画に参加するがドイツ敗北を確信して離脱。戦後核廃絶を訴えるパグウォッシュ会議を創設。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロートブラット
ろーとぶらっと
Joseph Rotblat
(1908―2005)

イギリスの物理学者。ポーランド生まれ。5歳のとき第一次世界大戦が始まり、苦学してポーランド自由大学を卒業。1939年、30歳のとき祖国を離れ、イギリスのリバプール大学でサイクロトロンの研究に携わる。その後、アメリカの核兵器開発プロジェクト「マンハッタン計画」に参加するため渡米するが、核兵器開発への疑問を抱き、1944年同計画から離脱しアメリカを去る。1955年核廃絶を目ざす「ラッセル・アインシュタイン宣言」に原署名者として参加。1957年核兵器と戦争の廃絶を目ざす科学者の会議「パグウォッシュ会議」をバートランド・ラッセルらと創設。1973年まで事務局長を務め、1988年会長に就任。一貫して核兵器廃絶に向けて尽力してきたことに対し、1995年パグウォッシュ会議とともにノーベル平和賞が贈られた。[編集部]
『ジョセフ・ロートブラット著、小野周監訳『核戦争と放射線』(1982・東京大学出版会) ▽ジョセフ・ロートブラット編著、黒沢満訳『科学者の役割――軍拡か軍縮か』(1986・西村書店) ▽ジョセフ・ロートブラット他編著、小沼通二他監訳『核兵器のない世界へ』(1995・かもがわ出版)』

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