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一条兼定 いちじょうかねさだ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

一条兼定
いちじょうかねさだ

[生]天文12(1543)
[没]? 伊予
戦国時代末期の土佐国守。房基の子。母は大友氏。天正1 (1573) 年,部下の長宗我部元親に追われ,大友宗麟を頼って豊後に逃れた。同9年洗礼を受け,パウロと称した。のち伊予で元親の兵に殺された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

一条兼定 いちじょう-かねさだ

1543-1585 戦国-織豊時代の公卿(くぎょう),武将。
天文(てんぶん)12年生まれ。一条房基(ふさもと)の子。母は大友義鑑(よしあき)の娘。土佐(高知県)の公家(くげ)大名。天文21年従三位。天正(てんしょう)元年権(ごんの)中納言。長宗我部元親(ちょうそかべ-もとちか)と通じた老臣らに追放され,家督を子内政(ただまさ)にゆずり,2年豊後(ぶんご)の叔父大友宗麟(そうりん)のもとへのがれる。3年臼杵(うすき)で受洗。同年旧領回復をはかったが元親に敗れた。天正13年7月1日死去。43歳。洗礼名はパウロ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

一条兼定

没年:天正13.7.1(1585.7.27)
生年:天文12(1543)
戦国・安土桃山時代の武将。父は一条房基,母は大友義鑑の娘。土佐一条家に生まれ,京都の一条房通の猶子となって天文20(1551)年叙爵,元服し,翌年従三位となる。土佐国(高知県)幡多郡中村城に本拠をおき,同郡,高岡郡と伊予国(愛媛県)宇和郡を支配下におくが,長宗我部元親に諸城を奪われ,天正1(1573)年に権中納言となってまもなく出家した。家督は子内政が継いだが,実質的な支配権は元親が握った。同2年,兼定は後妻の父大友宗麟を頼って豊後国(大分県)に渡り,イエズス会日本布教長カブラルによってキリスト教に感化され,翌年その弟子バウチスタから洗礼を受けた。霊名をドン・パウロという。その後,土佐に帰国し,渡川(四万十川)で旧臣と共に元親軍と合戦したが敗れ,伊予国宇和島の戸島に隠居。元親に買収された近習の入江某に切られて重傷を負い,同13年に病没した。墓は戸島にある。<参考文献>『中村市史』

(伊東正子)

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世界大百科事典 第2版の解説

いちじょうかねさだ【一条兼定】

1543‐85(天文12‐天正13)
戦国期土佐の公家大名。従三位権中納言,法号天真院殿自得宗惟,洗礼名パウロ。房基の子で幡多郡中村に居城,大友宗麟の娘を妻とし伊予南部の西園寺氏を討ち,東土佐の安芸氏と結び長宗我部元親を挟撃しようとしたが失敗,1573年(天正1)元親と通じた老臣たちにより家督を廃され,翌年豊後大友氏のもとへ追放された。臼杵での入信以後熱烈なキリシタンとなるが,75年宗麟および南伊予諸将の援助を得て幡多郡に侵入,渡川(四万十川)で長宗我部氏と戦い敗走,旧領回復の夢を絶たれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

一条兼定
いちじょうかねさだ
(1543―1585)

土佐国の戦国大名。幡多郡(はたぐん)中村城主。父は一条房基(ふさもと)、母は大友義鑑(よしあき)の娘。妻宇都宮元綱の娘と離別の後、大友義鎮(おおともよししげ)(宗麟(そうりん))の娘と再婚。豊後国(ぶんごのくに)の大友氏に協力して伊予国宇和郡の西園寺(さいおんじ)氏を度々攻略。しかし、しだいに長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)に圧迫される。1573年(天正元)に権中納言(ごんちゅうなごん)となる。同年に家臣に追放されて出家・隠居。1574年豊後国に渡って宗麟に寄寓し、キリシタンの洗礼を受ける。洗礼名はドン・パウロ。同年に土佐国に戻り、渡川(わたりがわ)の合戦で元親に敗れて宇和島の戸島(とじま)(現、宇和島市戸島)に隠居したが、元親に内通した家臣に斬られ、数年後の1585年に病没した。戸島の竜集寺(りゅうしゅうじ)に墓がある。[菅原正子]

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